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カテゴリ:『タイと人』
この時期になると夕方五時を過ぎると決まってスコールが
やってくる。 人々の身動きが慌しくなり、仕事帰りのものたちが家路 につこうとするとき、西の空からやってきた真っ黒でずんぐり した雨雲が押し寄せてくる。 辺りに湿気臭さと、埃が固まるような匂いが漂いはじめると いよいよ人々の足取りは、はやくなる。 叩きつけるような雨が人々を避難先まで追い立てた。 あっというまに、バス停の、小さなひさしのあるスペースは満員 となり、肩を摺りあわせながら皆一様に、空を見上げている。 その顔に深刻さはない。 その前を、モータサイにまたがった女が通り抜けていくが、先の 道路の窪みにハンドルを捕られた運転手が、つんのめる様に前に 投げ出され、後ろの女も道路脇に投げ出された。 空を切るバイクの後輪が、強い雨脚に負けてゆっくり、止まりだ した時、身を庇いながら起き上がった女は、痛々しくすり剥けた膝 を見て、小汚い舌打ちを一つ吐き出し、そして運転手に一言二言 悪口を投げている。 おそらく家を出てくる前には綺麗に洗い揃えられた黒髪は、泥水 を浴びて一塊になって額にへばりついていた。 引かれたアイラインと口紅も洗い落とされて、素の顔が浮かび上 がっている。 悲哀と諦めの顔。。。 おそらく女は、夜の仕事に行く途中であったのであろう。まだ洗わ れることなく残っている化粧から人々は察っしている。 膝から流れる真っ赤な血は足の甲にまで垂れているが、そこには 色を失ったそれが、誰の責任であることも問うこともできず、ただ 流れのままに、アスファルトに消えていく。 そんな絵柄の前を黒塗りのベンツが、先を急ぐその主のために勢い よく水溜りを蹴って走り抜けていった。 舞い上がる泥水。追い討ちをかけるように、その女の顔に直撃する。 バス停に人々の眉間に一瞬の厳しさが走るが、ほどなくまた空を見上 げる姿に戻る。 そこでもまた。。。 悲哀と諦め。 女は手の甲でそれを拭い落とし、キッっと車の尻尾を睨みつけていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
July 7, 2006 10:59:20 AM
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