大阪CA声楽コンセルヴァトワール

しばらくすると足がむくんでだるくなって来たので、僕は薄暗い機内をトイレに立っ
た。
どうやら皆も眠れないらしく、トイレの前には列が出来ていて随分長く待たされて、
突然僕の後ろに並んでいた女性が「飛行機の中なんかで眠れないわよね」と話し掛け
て来た。
見ると隣の窓側の席の女性だった。
「本当に、飛行機に乗りなれていないので辛いですね」と僕は言い、「だいたい日本
でじっとしてりゃいいのにね」と言い彼女はポリポリと頭をかいた。
「ねー、さっきの食事どう思った？」「別に僕は文句はありませんでしたけど」「そ
うよね、機内食って不味いと言うけど、まーまーいけたわよね」と彼女は小声で言っ
て「機内食だと思って食べれば美味しいですね」と僕も答えた。
僕の番が回って来て用を済ませ席に戻っていると、彼女も程なく戻って来て、「何処
まで行くの？」と尋ねられ「ドイツのケルンに声楽の勉強に」と答えた。
「声楽って？」と案の定尋ねられたのでまた説明した。
「へー！なんだか夢があっていいわね」「でも将来の見通しは全くありませんよ」「
いいじゃないまだ若いんだし、そんな細かい事考えないで思い付くままやれば！」と
目を輝かせた。
「もう少し年を取ればいろんな事に縛られ出すわ、今のうちよ！そして今行う一つ一
つの事があなたの一生歩む道を決める事だってあるわ」と彼女は言った。
「貴女は何処まで行くんですか？」と尋ねてみた。
「まずオランダのアムステルダムに行こうと思うの、それからスイスかドイツに行こ
うかな」「あちらにお知り合いがおられるのですか？」「いいえ、何の計画もない行
き当たりばったりの旅なの」とちょっと決まり悪そうに彼女は微笑んだ。
日本の女性は国内をぶらりと一人旅するような感覚で海外旅行する人が多いが、とて
も危険なことだ、日本のような治安の良い国は何処にもないのだ。
「一週間だけ時間をもらって出て来たの、先週私離婚したのよ！」と彼女は言い訳す
るように話出した。　　つづく