茶木の音楽紀行 86
僕たちが共同キッチンで食事をしている間もいろんな女性がやって来てグーテンアペティートッ「よい食欲を」と言ってチョンソンと一言二言話してから去って行った。いろんな国の女性たちがいて、ポルトガル人・インド人・ブラジル人・タイ人・フランス人・アフリカ人など皆顔つきも其々で肌の色もいろいろだったが、皆気のよさそうな人たちだった。アフリカ人の黒人の女性などはすらっと背が高く、腰の位置がびっくりするぐらい高く腰骨が張っていてすなわち足が驚くほど長く、胸が大きくツンと上を向いている、そんなスタイルの女性はルパン三世のまんがにしか出てこないと思っていたが実際に存在するのだ。僕がじっと彼女に見惚れていると前でチョンソンが咳払いをし、我に返ってそちらを見ると「いやらしい!」という顔でこちらを見ていた。僕たちは食後にワインを飲みながらゆっくりと話した。「この寮にドイツ人はほんの少ししか居ないの、寮長さんの主義で皆遠い国からケルン大学へ勉強に来ている外国人を優先的に入れて下さるの。エモンズさんというここの寮長は敬虔なクリスチャンでとても怖ーい人なの、とてもじゃないけど気軽には話せないわよ。でも彼は親のいないいろんな国の孤児たちを何人も家に引き取って一緒に生活しているのよ、誰にでも出来る事じゃないわ、ドイツ人だけではなく世界の人々の幸せを強く願っておられ、それを実際態度で示されている。見掛けは怖いけどとても優しい心の持ち主なのね。」僕たちはあっという間にワインのビンを空にし、チョンソンが部屋からもう一本持って来た白ワインも空にした。時間は10時を越えていたので「そろそろ帰るよ」と僕は言い、「それじゃ路面電車の駅まで送るわ」と彼女が言い僕たちは席を立ったが2人とも少し足がふらふらしていた。外に出るともう気温は下がりとても気持ちの良い涼しさで、僕たちはゆっくりと歩き出した。寮の敷地内から道路に出る所の階段で僕はそっとチョンソンの手を取った。彼女はしばらく手の力を抜いたまま受け入れもせず拒否もせずいたが、道路に出て少しすると暖かい手で僕の手を握り返して来た。しかし停留所は寮からそう遠くない所にありすぐにホームに着き、運の悪いことに間もなく電車がやって来た。「今日はどうもありがとう、とても美味しかったよ」と僕はチョンソンの顔を見、「こちらこそ、とても楽しかったわ」と彼女が言ったが微笑みは無かった。夜の静けさの中で一際大きな音を響かせて電車のドアが開き、僕はゆっくり彼女の手を離しトラップを上がった。ドアが閉まってからチョンソンは小さく手を振っていた。 つづく