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カテゴリ:読書案内
【島崎藤村/新生】
◆実の姪を妊娠させて傷心の渡仏、帰国後再び関係を持つ男 私もこれまで女性週刊誌のゴシップ記事やらタレントの暴露本まで、ありとあらゆる私的で低俗な小説を嬉々として読んで来た。 だが、島崎藤村の『新生』を越える私小説には、まだ出合っていない。 お断りしておきたいのは、島崎藤村が、『ダディ』を書いた郷ひろみや、『ふたり』を書いた唐沢寿明のようなタレントではなく、れっきとした文士であることから、いくらジャンル的には同じ私小説とはいえ文学性において当然差はある。 それにしても島崎藤村の思い切った告白には、何とも言いようのない、不愉快極まりないものを感じてしまう。 というのも、藤村はあろうことか、実の姪と関係を持ってしまい、妊娠までさせているのだ。その辺の経緯をつらつらと語っているのだが、どう読んでも自己弁護を超えるものではない。そこから贖罪の気持ちなど微塵も感じられないのだから、読者はますます憂鬱にさせられる。 このようなタブーをあえて公にすることに、どれだけの意味があったのだろうか? とはいえ、後世の我々が、ああだこうだと野次を飛ばしながらも読まずにはいられないほどの吸引力があるのだから、充分に意味のある作品なのだが・・・。 話はこうだ。 作家で、男やもめの岸本は、幼い子どもたちの世話や家事を、姪の節子に頼っていた。妻はすでに病死していたのだ。 最初は節子の姉・輝子と二人に面倒を見てもらっていたのだが、じきに姉の方は嫁ぐことになり、節子のみになった。 岸本は、毎日顔を合わせているうちに、己の寂しさやら欲望から節子と関係を持ってしまう。 その後、節子が妊娠してしまう。 岸本は、実兄(節子の父)に合わせる顔がなく、フランスへの留学を決める。 面と向かって真実を話すこともできず、結局、渡航中に手紙を書いて、節子のことを詫びた。 数年後、ほとぼりが冷めたころ帰国。 しばらくは兄の宅へ居候の身となるものの、何かと節子が不機嫌なのが気にかかる。 ある時、思い余って岸本は節子に接吻を与えてしまい、再び二人のヨリは戻ってしまうのだった。 『新生』は、当時の朝日新聞に掲載された連載小説なのだが、藤村の子どもらがそれらを目にして受けたショックなどを考えると、胸が痛む。 まさか自分たちの母親代わりになってくれていた、従姉の“お節ちゃん”が、父親(藤村)と近親そうかんだったなんて! しかも自分たちとは母親の異なる弟までいるとは! 藤村は、自分の実子らがこの先どれほどの苦悩を抱えるかなんて、さほど考えもしなかったのであろうか? 貧しい一族の中で、ただ一人、作家として成功した藤村にのしかかる負担は大きかったかもしれない。経済的な面で、一族がどれだけ藤村一人を頼ったことか知れない。 だが、それを慮ってみたとしても、道徳上のタブーは決して犯してはならないはずだ。 『新生』を読んだ芥川龍之介は、次のように述べている。 「『新生』の主人公ほど老獪な偽善者に出会つたことはなかつた」 様々な見解があるだろうが、やはり私も芥川に同感だ。 この作品は、私小説に偏見を持たない方におすすめかもしれない。 『新生』島崎藤村・著 ☆次回(読書案内No.76)は辺見庸の『もの食う人びと』を予定しています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013.06.08 06:18:15
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