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カテゴリ:Clarteひとりごと
きのう、とある知ってる方が、仕事用に使うということで、
マイクと小さなレコーダー(録音するやつ?)で、街の雑踏の音を録っていました。 クリスマスシーズン用にと録っていたそうですが、クリスマスの音楽が街から聞こえてこないから、ちっともそれらしくないなー、というぼやきを聞いて、私もちょっとハッとしました。 そういえば、クリスマス気分が盛り上がっていないなー、と(笑)。 昔(バブルの時かな?私は高校生)は、クリスマスも近づくと、街や商店街、デパートでは、大音量でクリスマスソングがこれでもかってくらいに エンドレスリピートで流れていたような気もするけれど、 ふと気がつくといつの間にか、街からそれをイメージさせるような音が聞こえてこなくなってきたような気がします。 そういえば、昔のような『今年はコレ!』みたいな大々的な流行もないし、ヒット曲だってなんだかわずらわしいイメージ。 いつの間にか、私たちの感覚が細分化されすぎて、いろんな価値観をみんな認めて尊重した(売り方をした)結果、常に自己完結してクールでスマートになっていったとしたら、ちょっと暗いかもしんない、って思いました。 街の雑踏音もそんな感じで何事もなかったかのように、音楽を感じさせなかったのでしょうか。 だけど、正しい意味での個人主義が浸透してきたかというとそういうわけではなく、今の私たちの人との関わりの多くは中途半端な、気をつかった個人の価値観の尊重のような気がしなくもない。 価値観が違って、意見が違えば、ぶつかるのが当然で、ぶつかりながら理解していく時には、いつもざわめきのようなものがないのかしら? そういう個人がたくさん集まった街中だったらいろんな音が聞こえてきそうだけど、そういう賑やかさも最近は感じられないなー、と、『雑踏の録音』ということから、今日はそんなことを思い巡らせました。 個人的には開放感が好きなのです。 今日『雑踏の録音』から感じたのは、ちょっとした街の閉塞(へいそく)感。 街の閉塞感は、お店や社会の閉塞感。 お店の閉塞感は、従業員の閉塞感。 従業員の閉塞感は、お客様の閉塞感。 お客様の閉塞感は、各家庭の閉塞感。 家庭の閉塞感は、個人の閉塞感。 みんな繋がってる。 原因があるから、結果がある。 政治のやり方が悪くて、こんな閉塞感がいつの間にか充満したとしたら、やっぱり原因は、最終的には私たち個人レベルにある(それを許した責任)んだなーと理解して、 やっぱり、自分の意見をうまく伝えたり、相手の意見や潜在能力を引き出すような、コミュニケーションの技術は今となっては誰でもが備えた方がいい重要な要素なんだなー、と改めて思いました。 やっぱ、いきつくところはコミュニケーションかい!(←突っ込み口調で♪)とね(笑)。 私の勝手な持論の披露でしたーΨ( ̄∇ ̄)Ψ おしまい♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Aug 9, 2004 11:08:19 AM
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