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《櫻井ジャーナル》

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2019.06.09
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 この時期になるとアメリカ海軍の情報収集船リバティに関する記事を目にする。本ブログでも何度か書いたことのある出来事だが、西側の有力メディアは触れたがらない。

 1967年6月8日、第3次中東戦争の最中にイスラエルの沖でイスラエル軍の攻撃を受け、船は沈没しかけ、乗組員9名が殺され、25名は行方不明、そして171名が負傷した。イスラエル政府は間違いだったと主張、アメリカ政府はそれを受け入れている。

 攻撃が始まる前にイスラエル軍はリバティの近くに偵察機を飛ばし、それがアメリカの艦船だということを確認している。その約4時間後には2機の戦闘機がリバティの近くに飛来、その後も2度ほどイスラエル軍は航空機を船の周辺に飛ばした。

 攻撃は始まったのは午後2時過ぎ。3機のミラージュ戦闘機がロケット弾やナパーム弾を発射している。最初に狙われたのは船の通信設備だった。つまり救援を呼べないようにしたわけだ。

 しかし、リバティの通信兵は寄せ集めの装置とアンテナでアメリカ海軍の第6艦隊に遭難信号を発信することに成功、それに気づいたイスラエル軍はジャミングで通信を妨害。その直後に3隻の魚雷艇が現れて砲撃、さらに魚雷を発射する。その魚雷が命中して船は傾いた。

 ジャミングが始まる前に第6艦隊の空母サラトガは訓練の最中で、甲板にはすぐ離陸できる4機の戦闘機があった。艦長は船首を風上に向けさせて戦闘機を離陸させている。その時、イスラエルが攻撃を開始してから15分も経っていない。そこからリバティまで約30分の距離だ。

 空母の艦長は艦隊の司令官に連絡、司令官は戦闘機の派遣を承認し、もう1隻の空母アメリカにもリバティを守るために戦闘機を向かわせるように命じる。が、空母アメリカの艦長がすぐに動くことはなかった。

 リバティが攻撃されたことはリンドン・ジョンソン大統領へすぐに報告されのだが、ロバート・マクナマラ国防長官は第6艦隊に対して戦闘機をすぐに引き返させるようにと叫んだと言われている。後にマクナマラはソ連軍がリバティを攻撃したと思ったと弁明している。

 もしリバティが沈没、生存者がいなかった場合、ソ連軍がアメリカの情報収集線を撃沈したと国防長官は主張、有力メディアはそのシナリオを世界に向けて発信した可能性が高い。

 しかし、リバティは沈没せず、生き残った乗組員がいる。アメリカ政府は3時過ぎ、リバティへ戦闘機と艦船を派遣するという至急電を打っている。この時、リバティはメッセージを受信できない状況だったが、イスラエル軍は傍受した。

 この決定を受け、空母2隻から8機が発信、艦隊司令官はホワイトハウスに対し、戦闘機は4時前後に現場へ到着すると報告する。その数分後にイスラエルの魚雷艇は最後の攻撃を実行した。

 それから15分ほど後にイスラエル軍はアメリカ側に対し、アメリカの艦船を誤爆したと伝えて謝罪、アメリカ政府はその謝罪を受け入れたのだ。

 一連のやりとりをアメリカの電子情報機関NSAは記録していたのだが、CIAの分析官だったレイ・マクガバンらによると、その記録は後にすべて破棄されている。

 実は、リバティに対する攻撃にジョンソン政権が関係していた、あるいは主犯だという疑いもある。この政権で秘密工作を統括していた303委員会で1967年4月、フロントレット615という計画が説明されているのだが、その内容が問題なのだ。

 リバティと潜水艦を地中海の東岸へ派遣するというもので、実際、後にリバティや潜水艦は派遣された。潜水艦の乗組員もイスラエル軍による攻撃を目撃している。当初の計画では潜水艦も撃沈する予定だったのかもしれない。

 この計画の中にはリバティを沈没させ、その責任をエジプト、あるいはソ連に押しつけて戦争を始めることも含まれていたと言われているのだ。

 ジョンソンの前の大統領、ジョン・F・ケネディは1963年11月に暗殺されているが、その時にアメリカの軍や情報機関の好戦派はソ連に対する先制核攻撃を目論んでいた。それを阻止したケネディは暗殺され、イスラエル系富豪エイブラハム・フェインバーグをスポンサーとするジョンソンが副大統領から昇格したのだ。ちなみに、フェインバーグはフランスのロスチャイルドと同じようにイスラエルの核兵器開発を支援していた。

 箝口令を無視して話し始めたリバティの乗組員がいるほか、さまざまな形で情報は漏れてきているが、公的な記録の大半は処分されている。その処分の責任者はアメリカ海軍太平洋艦隊の司令官だったジョン・マケイン・ジュニア、つまりジョン・マケイン3世上院議員の父親にほかならない。






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最終更新日  2019.06.09 13:35:56



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