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《櫻井ジャーナル》

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2020.05.15
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 2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、戦闘員や武器/兵器はトルコ経由でシリアへ運ばれる。その際にNATO軍とアル・カイダ系武装集団のLIFGが連携している実態が明らかになってしまう。カダフィ体制が倒された直後、反カダフィ勢力の拠点だったベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられたのは象徴的な出来事だった。(​ココ​や​ココ​)

 2001年6月から04年6月までイギリスの外務大臣を務めたロビン・クックは05年7月、​「アル・カイダ」とはCIAの訓練を受けたムジャヒディンの登録リスト​、つまりジハード傭兵の名簿だと書いている。

 ベンガジの裁判所にアル・カイダの旗が掲げられても不思議ではないわけだが、アメリカは「アル・カイダ」と戦っているということになっていた。その象徴がオサマ・ビン・ラディンだが、この人物を2011年5月に殺したとオバマ大統領は発表していた。テロの象徴が消されたわけだ。

 オバマ政権はリビアからジハード傭兵や武器をトルコ経由でシリアへ運び込むが、​輸送の拠点になったのはベンガジにあったCIAの施設やアメリカの領事館​。国務省はそうした行為を黙認していた。​マークを消したNATOの輸送機​が武器をリビアからトルコの基地まで運んだとも伝えられている。

 そのアメリカ領事館は2012年9月11日に襲撃され、大使だったクリストファー・スティーブンスが殺された。​領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っていた​とされている。ちなみに、当時のCIA長官はデイビッド・ペトレイアス、国務長官はヒラリー・クリントンだ。ペトレイアスもヒラリーも工作を知っていただろう。

 シリアへ運ばれた戦闘員はシリアで政府軍と戦っていたジハード傭兵の戦闘集団に合流、武器はその戦闘集団へ渡された。そうした工作を正当化するためにオバマ政権は「穏健派」を支援しているのだと宣伝していたが、それを否定したのがフリン中将が局長を務めていたDIA(国防情報局)だ。(つづく)







最終更新日  2020.05.15 22:00:06



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