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《櫻井ジャーナル》

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2022.01.22
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 ロシア政府はアメリカ/NATOに対し、NATOをこれ以上東へ拡大させないこと、モスクワをターゲットにできる攻撃システムをロシアの隣国に配備しないこと、ロシアとの国境近くで軍事演習を行わないこと、NATOの艦船や航空機をロシアへ近づけないこと、定期的に軍同士の話し合いを実施すること、ヨーロッパへ中距離核ミサイルを配備しないことなどを保証する文書を作成し、1月23日までに提出するよう求めている。

 そうした中、1月18日にドイツのアンナレーナ・ベアボック外相はモスクワでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相を会談、今後のことはアメリカ政府次第だと言われたという。ドイツの外相はアメリカ政府のためにロシア政府の本心を探ろうとしたのかもしれないが、ロシア政府から駆け引きをしていないと言われたわけだ。

 アメリカはユーラシア大陸の周辺部を支配、内陸部を締め上げるという長期戦略を持ち、その戦略に基づいてジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」も作成されている。

 この長期戦略を始めたのはイギリス。19世紀のことだ。それをまとめたのが地政学の父とも言われるハルフォード・マッキンダー。大陸を締め上げる「三日月帯」の西端がイギリス、東端が日本であり、中東でイギリスは帯の上にサウジアラビアとイスラエルを作り上げた。

 明治維新にイギリスとアメリカが深く関与しているが、琉球を併合してから台湾、朝鮮半島を経て大陸を日本が侵略した背景にも米英両国が存在していた。これは本ブログで繰り返し書いてきたこと。金子堅太郎やセオドア・ルーズベルトは日本がロシアと戦ったのはアメリカのためだとしている。

 その後も日本は北を目指し、1939年5月11日にノモンハン付近で満州国警備隊と外モンゴル軍が交戦、日本側は関東軍が陸軍省と参謀本部の方針を無視して戦闘を継続して敗北している。関東軍が陸軍省や参謀本部を無視できた理由はひとつしか思いつかない。

 ソ連は西側でナチスが支配するドイツを警戒、イギリスやフランスに協力を要請、ドイツとの国境線まで軍隊を派遣すると提案したが、受け入れられなかった。そして1939年8月23日、ソ連はドイツと不可侵条約を結ぶ。

 そのドイツは飛び地の問題を解決しようとしていた。第1次世界大戦後、ドイツは本国と東プロイセンの間にポーランド領(ポーランド回廊)ができ、東プロイセンは飛び地になったのだ。

 その問題を解決するためにドイツ政府はひとつの案を出す。住民投票を実施してドイツへ回廊を返還する意見が多ければ返還、その際にドイツはポーランドに鉄道やバルト海へ通じる高速道路を渡すという案を出した。その案をポーランドは受け入れ、1939年3月21日に同国のジョセフ・ベック外相がドイツの首都ベルリンを訪問することになる。

 しかし、ベックは姿を現さなかった。ロンドンへ向かったのだ。そして26日にポーランドはドイツに対して回廊を返還しないと通告、ドイツ軍は9月1日にポーランドへ軍事侵攻、3日にイギリスとフランスはドイツに対して宣戦布告したが、そこから半年ほどの間、本格的な戦闘は行われていない。

 この時期は「奇妙な戦争」と呼ばれている。ドイツは戦争を拡大しようとせず、イギリスやフランスも動かなかったのだ。イギリス軍やフランス軍はドイツ軍の電撃作戦で敗北したわけではない。

 ドイツ軍は1941年6月22日、310万人を投入してソ連へ向かって軍事侵攻を開始する。「バルバロッサ作戦」だ。西側に残ったのは約90万人だけだった。この非常識な作戦を命じたのはアドルフ・ヒトラーにほかならない。

 ドイツ軍がソ連へ攻め込んだ直後の1941年7月に日本軍はソ連へ軍事侵攻する目的で関東軍特種演習(関特演)を計画したが、8月に中止を決定、ターゲットを東南アジアへ切り替えた。

 バルバロッサ作戦でドイツ軍はレニングラード、モスクワ、スターリングラードなどへ肉薄、最終的にはソ連が勝利したものの、2000万人以上のソ連国民が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊されている。ドイツはレニングラードを攻撃した際に兵糧攻めを実施、多くの餓死者を出したが、そのひとりがプーチンの兄だ。

 この作戦が始まる直前にドイツがいた場所までアメリカ/NATO軍は来ている。CIAは2015年から、つまりウクライナでアメリカ政府がネオ・ナチを使ったクーデターを成功させた翌年にアメリカの南部でウクライナの特殊部隊を訓練、アメリカ/NATO軍は兵器をウクライナへ持ち込み続けている。

 こうしたアメリカの恫喝にロシアは動じず、当初の要求を言い続け、その一方で中国やイランと軍事演習をインド洋などで実施している。ウラジミル・プーチン露大統領は「戦争を望まないが、戦争したいなら受けて立つ」という姿勢。2003年にアメリカはイラクを先制攻撃、100万人とも推測されている人びとを殺したが、その前に有力メディアは存在しない「大量破壊兵器」で攻撃を正当化していた。そうしたプロパガンダは今でも通用しているようだが、「脅せば屈する」というアメリカが繰り返してきた戦法は通じていない。

 他国にアメリカが何をしでかすかわからない国だと思わせれば自分たちが望む方向へ世界を導けるとリチャード・ニクソンは考え、狂犬のように思わせなければならないとイスラエルのモシェ・ダヤン将軍は語った。ジョー・バイデン政権の好戦派は正気を失っているようにも見える。






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最終更新日  2022.01.22 02:30:37



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