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カテゴリ:第2話 邂逅
![]() 身を乗り出すように大人たちの話しに聞き入っているアンドレスの横顔に、ふと視線がいく。 アンドレスは恍惚とした表情で、前方を見据えていた。 コイユールはその視線の先を追った。 そこには、先ほど初老の紳士に「トゥパク・アマル」と呼ばれた、あの中央に座す男の姿があった。 アンドレスの眼差しには、深い敬意の念が宿っていた。 それと共に、今、アンドレスの瞳には希望と力が漲り、夜闇を照らす蝋燭の光を受けてまばゆく輝いていた。 フェリパ夫人が、夕食の支度の進み具合を見るために、召使いたちのいる炊事場へと立ったタイミングをとらえて、急いでコイユールも立ち上がった。 その場の雰囲気から、そろそろ逃げ出したい心境になっていた。 「私もお手伝いします。」 フェリパ夫人はコイユールの気持ちを察して、微笑み、頷いた。 炊事場には、インカ族の召使いたちが数人働いていた。 怪しい行動がないか見張るための、炊事場にも厳しい目を光らせた警護の者がいる。 夫人は召使いたちに労いの言葉をかけながら、食事の準備の進行具合を確かめている。 コイユールも何か手伝おうかと炊事場に足を踏み入れようとしたとき、突然、背後から声がした。 「へええ、珍しい。あんたみたいな子どもが来てるなんて。いかついオジサンばっかりかと思ったら!」 振り向くと、コイユールの傍の廊下に、同じ年頃位の一人の少女が立っていた。 コイユールと同じような刺繍の施されたインカ族特有の服装をした、褐色の肌の少女である。 しかし、コイユールに比べれば、だいぶ身奇麗な服装には違いなかった。 身なりからすると貴族の娘という印象だが、まるで少年のように黒髪を短く切り、ターバンのような布を額に巻いていた。 スカートも動きやすいように、わざわざたくし上げている。 「誰?あんた、見かけない子だね。」 少年のような表情をしたその少女はコイユールを上から下まで眺めてから、腰に両手を当てて首をかしげた。 すらりと引き締まった足を広げて立つさまは、本当に少年のようだった。 コイユールはむしろ、自分と同じ年頃の少女の存在に安堵して、ほっと溜息をついた。 「私、コイユールっていいます。アンドレスの友達で、今日、呼んでもらって来たんです。」 すると、少女はいきなり後ろに跳びすさった。 「えっ?!アンドレス様の?アンドレス様の?!」 あわわと、暫くコイユールの顔を穴のあくほど見つめている。 コイユールは何となく決まり悪くなって、再び炊事場に戻ろうとした。 「ちょっと、待って!」 少女がすかさず呼び止めた。 「あたしは、マルセラ。あそこの中にいた、目のつり上がった怖そ~なオジサンいたでしょ。鷲鼻の!」 コイユールは、アンドレスと叔父を仲介してくれた人物のことを思い出した。 「あたしは、あの人の親類。時々そのオジ様に連れてきてもらってるの。」 コイユールは何となく事情が分かって、頷いた。 マルセラと名乗った少女は、改めて、コイユールをまじまじと見た。 「あんたみたいな平民の子が、アンドレス様と友達なんて驚き!」 「アンドレスは、平民とか、貴族とか、そんなこと区別しない人よ。」 コイユールはアンドレスを弁護するようにきっぱりと言い返した。 「そ、そうなの?!やっぱり?!」 マルセラは、今更ながらという感じで、目を丸くした。 「いやあ、あたしは、なんだか話しかけちゃいけないような気がしちゃって…。近寄れなかったんだ。あ!あたしも一応、貴族の出なのよ。でも、なんたって、アンドレス様は皇帝陛下の甥だもんね。とてもとても、一介の貴族のあたしなんか…。」 少女は、両手で降参のポーズをとってみせた。 コイユールは、耳を疑った。 「アンドレスが誰ですって?」 「は?」 「皇帝陛下って?」 マルセラは、ぽかんとしてコイユールを見つめた。 「あんた、まさか、知らなかったの?」 コイユールはマルセラに向けた顔を動かせなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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