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カテゴリ:第2話 邂逅
![]() なお、首府リマとは、現在のこの植民地ペルーのスペインによる統治機構の中枢である。 そして、調査によっても、資料によっても、インカ皇帝の血統であるという事実が否定できないことが明確になり、やむなくスペイン側は「トゥパク・アマルがインカ皇帝の子孫である」ことを渋々ながら正式に認めた。 なお、話は細かくなるが、先に説明したスペイン征服の初期の時代にスペイン王の命令により命を奪われたフェリペ・トゥパク・アマルは「トゥパク・アマル1世」、現存のトゥパク・アマルは、つまり今この館にいる人物だが、正確には「トゥパク・アマル2世」である。 しかし、トゥパク・アマル2世(今後は、トゥパク・アマルと略記)はインカ皇帝の直系の子孫であることは承認されたものの、インカ皇帝を意味する『インカ(=皇帝)』という称号を用いることは、スペイン王によって厳重に禁じられていた。 スペイン側は、トゥパク・アマルが『インカ』を名乗ることによってインカ皇帝の復活という認識がインカ族の間で芽生え、彼らの自立への意識が高揚し、ひいては反乱が勃発することを深く恐れていたのだった。 ちなみに、アンドレスの叔父ディエゴは、トゥパク・アマルの父親ミゲルの弟の長男で、つまり、トゥパク・アマルとディエゴは従兄弟同士の関係であった。 従って、アンドレスはトゥパク・アマルにとって、甥という関係になる。 コイユールは軽い眩暈を覚え、言葉も出ずマルセラに曖昧に一礼して、おぼつかない足取りで戸口の方に向かった。 とにかく、頭を冷やさなければ…。 足が床から浮き上がっているような感覚がする。 それでも、何とか歩いて、庭に出た。 広い庭の四隅に置かれた赤々と燃える松明の炎が、音も無く夜の闇を焦がしている。 冷たい風が、火照った頬を吹きすぎていく。 外気を深く吸い込み、夜空を見上げた。 上空には、美しい満月が濡れたように静かに輝いていた。 気づかぬうちに、頬を涙が伝う。 (インカ皇帝様が生きていた…!) コイユールはまともに考えられないほど混乱した頭で、しかし、どこからともなく突き上げてくる熱い想いに打ち震えた。 「トゥパク…アマル様…。」 コイユールは、かすかに呟いた。 “トゥパク・アマル”…――その名は、インカのケチュア語で「炎の竜」を意味していた。 涙を拭くことも忘れて放心したまま月を見上げていたコイユールは、いつの間にかアンドレスがすぐ隣に来ていることにも気付かなかった。 一陣の強い風が吹き、高く、上空さして燃え上がった松明の炎が人影を浮き上がらせた。 コイユールは、はじめて人の気配に気付き、はっと我に返る。 涙でかすんだ視界の中に、アンドレスのいつもと変わらぬ優しい笑顔があった。 「アンドレス」と言おうとしたが、声が出ない。 すぐ隣にいるはずなのに、とても、とても、遠くに感じられた。 アンドレスの瞳もかすかに揺れている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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