晴れた夜の空には、美しい白銀の月が煌めいている。
その夜空を、紅々と燃える松明の炎が、静かに焦がしている。
周りに誰もいないことを確かめつつ、二人は声をひそめながら、矢継ぎ早に言葉を交わし合う。
「アンドレス、出立はいつなんだ?」
「明日の早朝、日の出前に出立する予定だ。
だから、ロレンソ、君が会いに来てくれて良かった。
出発前に、俺も君と話しておきたかったんだ」
「それにしたって、明朝だなんて、ずいぶん急じゃないか」
「トゥパク・アマル様が、お急ぎのようなんだ。
それに、『青き月の谷』は、インカ時代から、皇帝や一部の神官たちにしか知らされていない秘密の場所らしい。
だから、なるべく目立たないように出かけていきたいんだ」
「それもそうだな。
それで、目的地までのルートは?
山岳地帯伝いに行くのか?」
「いや、今の時期だと、まだアンデスの山々は残雪も多く、危険が大きい。
とはいっても、『青き月の谷』は秘境だから、どうしたって山々を縦走していかなければならないんだが。
だけど、入山の起点となる麓(ふもと)までは、なるべく馬を飛ばした方が早いし、効率的だ」
「ということは、街道沿いの町や村を通って行くってことか?
だが、それはそれで、かなり危険だと思うのだが」
アンドレスは、松明の火に紅く照らされた横顔を、頷かせた。
「ああ、俺も、なるべく人目のあるところは避けたいんだが……。
でも、その方がずっと早いし、食糧の調達もしやすいしな。
それに、この目で直に民衆の様子も見てきたいし、何か有益な情報も得られるかもしれないだろう?
もちろん、あまり大きな町や要衝地は、さすがに避けていくつもりだ」
不意に、一陣の風が二人の間を吹き抜け、傍の松明の炎が火の粉を噴き上げた。
赤く光って舞い飛ぶ火の粉を映すロレンソの黒眼が、心配そうにアンドレスの横顔を見守る。
「アンドレス、気を付けて行けよ。
特に街道や町中は――スペイン側の幹部連中は、トゥパク・アマル様だけでなく、アンドレス、そなたの身柄にも莫大な懸賞金を懸けている。
そなたの顔かたちは、今となっては、国中のスペイン人に知れ渡っているのだからな。
どこに行こうとも、一攫千金を狙う荒くれ者どもが、そなたのことを手ぐすね引いて待っていると覚悟しておいた方がいい」
「ああ、わかってるさ。
君の言葉は肝に銘じておく。
ありがとう、ロレンソ」
潮風に柔らかな髪をなびかせながらアンドレスが振り向いて、凛々しい笑顔を見せる。
それから、また真剣な面持ちに戻って、鋭利な、それでいて、篤い友情に満ちたロレンソの瞳の奥を真っ直ぐ見つめた。
「ロレンソ、君こそ、気を付けてくれ。
懸賞金が懸けられているのはトゥパク・アマル様や俺だけでなく、君も同じじゃないか。
それに、戦況の方もな――予断ならない状況は相変わらずだ。
こんな時、砦を留守にしなきゃならないなんて。
リマも、クスコも、それに、海上も、そこいら中、火種だらけだってのに」
◆◇◆◇◆ ご 挨 拶 ◆◇◆◇◆
明けましておめでとうございます。
昨年も当作をお読みくださいまして、本当にありがとうございました。
嬉しいコメントや応援をくださいました皆さまには、重ねて深く御礼申し上げます。
皆さまの温かな励ましに支えられ、また、昨年はリアル生活でもいろいろ刺激のある面白い年で、おかげで小説に打ち込む思いが舞い戻ってきた年でもありました。
とはいえ、まだ更新ペースは遅々たるものではありますが…、気持ちの上では、昨年からの流れに乗って邁進していきたいです。
全ての皆さまにとりまして、ますます可能性に満ち溢れた素晴らしい年となりますようお祈りいたします。
本年もどうぞよろしくお願いいたします!
【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆
≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
ラ・プラタ副王領への遠征から帰還し、現在は、英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務める。
≪ロレンソ≫(インカ軍)
アンドレスが学生時代を過ごしたクスコ神学校時代の朋友。生粋のインカ族。
反乱幕開けと共に、インカ軍に参戦した。
アンドレスに比して大人びた風貌と冷静な性格を有し、公私に渡ってアンドレスを助けてきた。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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