(恐らく、公人としても、私人としても、孤高を貫いて生きてきたのであろう――)
トゥパク・アマルは、眼前の敵将を見つめながら、胸の内で独りつぶやいた。
公人としてのホセ・アントニオ・アレッチェ、つまり、全権植民地巡察官として、あるいは、反乱軍討伐隊総指揮官としての彼については、長きに渡って対峙させられてきたがゆえに、その性格傾向も行動パターンも、おおよそ想像の及ぶところである。
それに対して、私人としてのアレッチェの素の姿は、未だに全くと言っていいほど見えてこない。
インカの民から搾り取った血税によって、クスコの市街地と首府リマに、城と見紛うような壮麗豪奢な大邸宅を構え、そこで贅を尽くした暮らしをしていることは周知のことではあったものの、それ以上の個人的なことは殆ど不明であった。
実は、以前、インカ軍の部下に依頼して、アレッチェ個人に関して、少しばかり内々に調べさせたことがあった。
アレッチェがどのような戦略や戦術を仕掛けてくるのか等々をより精度高く予測する上でも、彼の個人的な背景を知っている方が望ましいと考えたからだった。
だが、結局は、たいしたことは分からないまま、今日に至っている。
分かったことは僅かな情報で、年齢的にはトゥパク・アマル自身より数歳上の40代半ばではあるが、今も独身を貫いており、妻子はいない。
噂では、時によって愛人はいるものの、その相手も一向に定まらずということだった。
また、本国スペインにいるであろう両親やそれ以外の親族が健在なのか、どのような家柄で、どのような教育を受けてきたのか等々――といった海向こうのことについては、いっそう掴めぬままである。
暫しアレッチェの個人的な背景に思い巡らせていた意識を現実に引き戻し、トゥパク・アマルは、椅子の上で軽く姿勢を正した。
そして、ヨハンの話題の続きを切り出す。
「少々事情があって、しばらくの間、アンドレスが砦を離れて旅に出るのだが、その同行者をヨハン殿に頼みたいと申してきたのだ。
アンドレスが、どのようないきさつでヨハン殿と知り合ったのか、なぜ彼に白羽の矢を立てたのか、わたしも詳しくは聞いていないのだが、これも何かの縁であろう」
かたや、アレッチェは、顔面に巻き付けられた包帯の隙間から無言で天井を睨んだまま、トゥパク・アマルの話になど微塵も興味など無いという態度を決め込んでいる。
が、アレッチェ自身の意志とは無関係に、軍人としての彼の本能が自動的に情報収集しようとしてしまうのか、包帯の下から彼のくぐもった声が漏れてくる。
「……このような時に、呑気(のんき)に旅だと?
目的地はどこだ?
何をしに行く?」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。
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