様々な思いを抱きながらも、旅の一行は、荒野を貫いて延びる裏街道を再び馬で馳せていく。
今のところ一枚岩のチームワークとは到底言えない4人組だが、馬を走らせていく騎馬姿は、なかなかさまになっている。
これまでも指揮官として馬で戦場を疾駆(しっく)していたアンドレスとは異なり、ジェロニモもペドロも、そして、ヨハンも、本来の所属は歩兵である。
それでも多少なりとも乗馬の訓練は受けていたことと、持ち前の運動神経の良さからなのであろうか、半日も馬上で過ごすうちに、三人共、すっかり手練(てだ)れの乗り手のような身ごなしになっている。
しかも、普段から乗り慣れている愛馬に跨るアンドレスとは違って、他の三人は、いずれも初めての馬たちである。
(みんな、乗馬の筋がいいのか、それとも、ビルカパサ殿の馬の選び方がさすがなのか。
どっちにしても、頼もしいことには違いない!)
疾駆する一団の先頭になりながら、あるいは、最後尾に回って後方を守りながら、機敏に馬の手綱を繰りつつ、アンドレスは胸の内で呟いた。
そうしているうちにも、やがて日没の時刻が近づいてくる。
目の前に現れてきたY字路の前で、先頭を切って走っていたアンドレスが馬を止めた。
荒涼たる原野を貫いて延々と続く裏街道にひとけは無く、黄昏時を過ぎて次第に薄暗さを増していく辺りの気配とあいまって、急に物寂しい気分になってくる。
今、4人を押し包む薄闇にかすむ情景は、昼間の晴天下の牧歌的な風景とは全く違っていて、まるで別世界のようである。
このような戦時中に、いかにも物騒なこんな場所に、人通りなど無いのは当然だと頷かされる。
敵兵が現れるよりも先に、国籍不明の野盗集団でも現れそうな周囲に鋭い注意を張り巡らせながら、アンドレスは愛馬から飛び降りると、Y字路の分岐点まで歩んでいく。
左右に分かれた道のそれぞれには古びた木製の看板が立っていて、夕暮れ時の冷風にあおられ、キシキシと小さな悲鳴のような軋み音を上げている。
「ええと、右の道を進めば集落で、左の道を進めば、このまま裏街道を行くことになりそうだな。
さてと、どっちに進んだものか?」
腕組みをして、ウーム、と頭をひねっているアンドレスの後ろから、他の三人も次々と馬を降りてきて、二枚の看板を覗き込んだ。
「フムフム、右に行けば宿屋のあったかいベッドにありつけて、左に行けば寒空の下で震えながら野宿ってワケですネ。
こりゃあ、重大な選択だなぁ!」
手足をグーッと伸ばし、ついでに首もぐるぐる回してコリをほぐしながら、ジェロニモが楽しそうな声を上げた。
その横合いから、ヨハンがズイッと首を突っ込んでくる。
そして、片眉を吊り上げ、嫌味たっぷりに言い放った。
「おいおい、今夜の宿泊地さえも決めてねぇのかよ!?
アンドレス、おまえ、ハナッからこんな無計画で、この先ほんとに大丈夫なのか?」
「そうは言っても、昨日、急きょ、決まった旅で…」
そう弁明しかけたアンドレスの脇から、今度は、ペドロが猛然と首を突き出した。
「ヨハン、貴様ッ、アンドレス様に無礼な口のきき方をするなと何度言ったらわかるのだ!?
そもそも、あまり細々とした計画を立てずに進んだ方が、敵兵の目を攪乱(かくらん)しやすいのだ。
そのようなアンドレス様の深いお考えも知らずに、貴様というヤツはッ!!」
「あ、ははっ、いや~、ペドロ、俺そこまで深く考えては……。
ってか、まーまー、二人とも、今はその辺で」
またもやガンを飛ばし合っているヨハンとペドロの間に、アンドレスが苦笑交じりに割って入る。
それから、少し考えるように間を置いてから、他の三人の意向もうかがうように皆に視線を馳せ、再びアンドレスが語を継いだ。
「俺としては、右の道を選んで、今夜は宿屋に泊まろうと思うんだが、どうだろう?
どうせ、どっちの道を行っても、危険は伴う。
だったら、風雨にさらされずに休めるのも今のうちだし、体力は温存しておけるうちに温存しておきたい。
それに、集落の様子も見ておきたいしな」
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ビルカパサ≫(インカ軍)
インカ族の貴族であり、トゥパク・アマル腹心の家臣。
トゥパク・アマルの最も傍近い護衛官として常にトゥパク・アマルと共にあり、幾度と無く命を張って主を守ってきた。
アンドレスの朋友ロレンソの恋人マルセラの叔父でもある。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。
此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。20代半ば。
偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。
スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。
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