再びアンドレスが深く頷く。
「確かに、ヨハンの言う通りだ。
今はあまり時間が無いから詳しくは説明できないけど、国外追放の件は大事なので話しておきたい。
ヨハンが言ったように、イエズス会の神父たちが国外追放になったことは本当だ……。
スペイン国王にとっては、インカの解放運動を推し進めようとするイエズス会の神父たちは、邪魔者でしかなかったからだ。
しかも、その国外追放が行われたのは今から15~6年前のことで、そんなに昔のことじゃない」
低く押し殺したアンドレスの声音に、ジェロニモやペドロも言葉を失ったまま唇をかみ締めている。
そして、ヨハンもまた同様に、無言で聞き耳を立てていた。
そんな彼らの前で、アンドレスはさらに重い口調で続けていく。
「国外追放を命じられた神父たちは、自分たちがいなくなった後の当地の民の行く末を案じて、どうすべきかすごく悩んだ。
だけど、スペイン国王のイエズス会弾圧は日毎に強まっていき、この国に留(とど)まっていたら、いつ命を奪われるかわからないような状況だった。
それで、多くの神父たちが、やむなく国外へ亡命していったんだ」
海底に沈み込んだような冷え冷えとした沈黙が流れた後、思いきったように低声(こごえ)でペドロが問いかける。
「あの……では、この国に残ったイエズス会の神父様は、誰もいなかったのでしょうか?」
「いや、ごく少数だけど、いた。
だけど、残った神父たちも、結果的には、皆、暗殺されてしまったが……」
そう答えたアンドレスの握り締めた拳が、微かに震えている。
その様子に、ジェロニモがハッと何かを思い出したように、大きく息を呑んだ。
「……あっ、そういえば、アンドレス様のお父上も神父様だったって、噂を耳にしたコトがありますが。
まさか……!」
アンドレスは顔を俯(うつむ)かせて、苦し気に小さく頷いた。
「──ああ、その通りさ。
俺の父上もスペイン人のイエズス会の神父で、当時、インカの解放運動をしていた。
そして、暗殺されてしまったひとりでもある……」
「……ッ!」
ヨハンも含めて、聴いている皆がグッと息を詰め、いっそう重々しい空気が小さな部屋に圧(の)しかかる。
シン…と静まり返った簡素な室内に、低く絞ったアンドレスの声が再び聞こえてきた。
「実を言うと、父上とアリスメンディ殿は面識があったんだ。
ふたり共、イエズス会の神父で、解放運動を共にしていた同志でもあった。
でも、それだけじゃなくて、ふたりは親友同士でもあったんだ。
スペイン国王から国外追放の命令が下った時、思い悩んだ末、アリスメンディ殿は英国へ亡命するという苦渋の決断をした。
だけど、俺の父上は、この国に骨を埋めるつもりでインカ族の母上と結婚して、既に俺も生まれていたから、国外追放の命令に従わなかった。
その結果、父上は暗殺されてしまったが……。
俺がまだ5歳ぐらいの頃の話だ」
最後は呟くようにそう言って、アンドレスは悲し気に目を伏せた。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪アンドレス≫(インカ軍)
トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。20歳。
剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。
スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。
英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。
≪ジェロニモ≫(インカ軍)
義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。
スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。
スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。
身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。
これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。
≪ペドロ≫(インカ軍)
インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。
此度のアンドレスの旅の同行者の一人。
20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。
≪ヨハン≫(スペイン軍)
スペイン軍の歩兵。20代半ば。
偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。
スペイン人らしい端正な風貌な持ち主で戦闘力もありそうだが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。
≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)
植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。
単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。
キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。
◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆
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