ラ・マルセイエーズ
1989年から3年ほど、母が月刊誌「中央公論」をアメリカまで送ってくれた。2005年の4月、認知症との長い戦いの末母はこの世を去ったが、送ってもらった中央公論は多分全巻残っている。僕自身も大分脳の機能が低下してきたので認知症に侵される前に面白い記事を再読(もっとも以前読んだ物もほとんど覚えてないので、初読ということになる)しておかなくてはと思いつき、幾冊か引っ張り出してきた。1989年7月号は、フランス革命二百年ということで特集を組んでいる。木村尚三郎、澤田昭夫、村松剛の三人が「思い上がりが生んだ『悪夢』」という題で座談会をしている。その中で、澤田氏が「あの『マルセイエーズ』、あれほど残忍な歌も少ないでしょう」と発言していたので、その内容を知らなかった『マルセイエーズ』の歌詞を調べてみた。一番だけだが、原語と和訳を下に載せる。Allons enfants de la Patrie, Le jour de gloire est arrivé! Contre nous, de la tyrannie, L'étendard sanglant est levé! L'étendard sanglant est levé! Entendez-vous, dans les campagnes, Mugir ces féroces soldats? Ils viennent jusque dans nos bras Egorger nos fils et nos compagnes! [ Refrain ] Aux armes, citoyens ! Formez vos bataillons ! Marchons ! marchons ! Qu'un sang impur abreuve nos sillons ! 行け、国家の子どもたちよ栄光の日は来たいまや、われらに対し、暴虐の血塗られた旗が掲げられている血塗られた旗が掲げられている!聞こえるか、野や畑で残忍な兵士たちがわめき騒ぐのが?やつらはやって来る、われわれの腕の中にまで抱かれた息子や同志の喉をかき切りに武器を持て、市民諸君、ただちに軍団を形づくれさあ、進もう!進もう!(やつらの)不純な血でわれらが畑のうね溝を浸してみせるぞ(和訳は共立女子大学教授の鹿島茂氏が訳して日本経済新聞 2002年7月14日の文化欄に掲載したものを、このウエッブサイトから転載しました。http://www.hfc-south.com/23shoukan/236.html)防衛のためとは言え自分達の土地を敵兵の血で真っ赤にしようという、戦争というのはここまで精神を昂ぶらせなければ戦えないんだろうなとは理解できるが、確かに残酷な歌詞だ。日本の国歌が時代錯誤なら、この歌も負けるとも劣らない時代錯誤で、歌詞付では絶対に聴きたくない歌だろう。ところで、ビートルズは「All You Need Is Love」の前奏に「La Marseillaise」の一節を使っている。「All You Need Is Love」は世界同時衛星放送のために作られたもので、前奏の「La Marseillaise」の他に、バッハの曲、グリーン・スリーブズ、グレン・ミラーのイン・ザ・ムード、自分達の初期の作品シー・ラヴゥズ・ユーなどが組み込まれた世界向けのメッセージ・ソングということもあろうが、愛の必要性を説く歌に好戦的な曲を使うというのは、何か意図があったのだろうか?ところで、とまた話が飛ぶのだが、「All You Need Is Love」は歌うのが結構大変だ。というのも、All You Need Is Love というサビの部分は普通の4拍子でいいのだが、底に至るまでが、4拍子と3拍子を組み合わせた7/4拍子で、ついていこうとするとずっこけるのである。澤田氏によれば、「三色旗の真ん中の白いのはブルボンの印」だそうで、僕はてっきり三色は自由、平等、博愛を表すものだとばっかり思っていた。だって、クシシュトフ・キェシロフスキのトリコロール三部作もこの三つのコンセプトを表現したものじゃなかったの?フランス三色旗の起源についてはいくつか説があるようだが、その中の有力な一説によれば、ラファイエットが三色旗の考案者らしく、彼はパリの紋章の赤と青の間に象徴としてブルボン家の白を挿入したと言う。革命当初は立憲王政派も多くいたわけで、この説もありえないことはない。別の説によれば、やはりラファイエットが考案者らしいが、アメリカの旗の色からとったとも言う。オランダの旗を参考にしたとも言う。木村氏に面白い発言があった。日本ではフランス革命が非常に高く評価されたそうで、「世界史の教科書でも、一日一日の変化を書くような調子です。突出して記述が多い。平成六年度からの教科書は変わりますけれども」。確かに、僕の持っている山川の教科書(1991年改訂版)を見てみると異常に詳しく、その叙述は6ページに及んでいる。日本人は「世直し」が好きで国民国家の発想が強く、戦後この二つのメンタリティがあわさり、これから新しい日本ができるんだということで、フランス革命が絶対視されたところが大いにあった、そうだ。現実のフランス革命は、この三人が指摘するように、三十万人以上が犠牲になった革命で、貴族とカトリック教会に対抗した、そしてジャコバンの支配になってからは中産階級の一部も敵になった、国民国家建設のための内乱であり対外戦争だった。ジャン・ジャック・ルソーの思想が一役買っていたことは間違いない。