テーマ:世界の中の日本(523)
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So far, so good という感じで始まった、アメリカの44代大統領、バラク・オバマの第一週、世界とアメリカ国民の高すぎる期待にどう応えるのか注目されるところだが、就任演説の調子は「高らか」とか「華やか」という感じではなく、幾分沈痛なもので、アメリカの抱える問題の大きさをオバマが国民へと投げかけたものだった。
就任演説では、社交辞令としての前大統領への謝辞も早々に、大統領の就任式がときに国家の危機と重なることがあり、立ちこめる暗雲と吹き荒れる暴風雨を乗り切るためには、単に指導者達に頼るのではなく我々国民がアメリカ建国の理念に忠実でなければならない、といきなり国民の責任を喚起した。 畳み込むように、我々が危機の真っ只中にいることは今や明らかで、その危機とは二つあり、際限のない暴力と憎悪のネットワークに対する戦争(イスラム原理主義のテロリズムとの闘いを指しているのは言うまでもない)と極度に悪化したこの国の経済であり、この経済の悪化は、一部の人達の強欲と無責任が原因なのは言うまでもないが、我々自身のいい加減な選択と無責任さにも起因していることを認めなければならないし、更に、これら実体的な危機の底を流れる国民心理の危機も如実で、それは自信の喪失、アメリカが没落していくのではないかという怖れ、となって表われていると的確に指摘した。 それではどうやってこの難関に立ち向かうか、オバマが提唱するのは、怖れではなく希望、対立や不和ではなく目的を一にすること、長い間我々の政治を閉塞させてきた些細な不満やいい加減な約束そして擦り切れたドグマを捨て去ること、とまずは理念的な処方箋。 そしてオバマは国民に要求する、アメリカの偉大さは黙っていれば空から降って来るものではなく、自分で勝ち取らなければならない、その道に近道はなく、働くことより遊びを好む人達、富という快楽に浸る人達、意気地のない人達、こういう人達には向いていない、偉大さへの道を進めるのは、リスクを厭わず行動できる人達、自分の手で物を作り出す人達、それはアメリカの繁栄と自由を築いて来たごく平凡な人達だ。今日この日を初日として我々はアメリカの再生に向けて立ち上がらなければならない。 陳腐な政治論議に囚われているときではない、政府は大きくあるべきか小さくあるべきか?そんな論議より大事なのは、職を創出して家庭を援助することが出来るか、家計が支払うことの出来る医療サービスを確保できるか、自立した老後を迎えることが出来るか、こういった質問にイエスなプログラムを推し進め、ノーというプログラムはどんどんカットしていく、そういう政府を作ることだ。更に政府の税金を運営する役人は効率的に資金を使い、悪習を捨て、仕事振りを白日の下に曝さなくてはいけない。そうして初めて、国民と政府との間の信頼関係を回復することが出来る。 市場経済は善か悪か?そんな論議より大事なのは、富を創出し自由を拡大することが出来るかということで、適切な監視なしには市場が暴れだすことは今回の危機がはっきり教えてくれた。もう一つ大事なことは、富裕層だけを優遇していては繁栄は続かないし成長もしないということだ、繁栄の波を出来るだけ多くの人に広げることがより高い繁栄への近道なのだ。 演説のあちこちにブッシュへの批判が見え隠れしている。キリスト教原理主義者たちを後ろ盾にしたブッシュの怖れを煽っての対立姿勢、擦り切れたドグマにもとづいた経済社会政策、野放しにされた市場経済の悪弊、富裕層におもねる政策、などなど、アメリカの良識の大部分がもううんざりだよと嘆いてきたブッシュへの訣別が語られている。 このあとオバマの就任演説の焦点は世界との関係に向けられた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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