|
カテゴリ:憲法
村野瀬さま久々の転載。
憲 法記念日です。 日本のお政府様は憲法記念日を祝う公的式典を行ないませんが、本来この憲法記念日は祝うに値する日のはずです。 な ぜなら、現在の憲法は1945年の敗戦によって、1945年以前の天皇主権の軍国体制が誤っていたことを前提に成立したからです。その前提を肯定するなら ば、現在の憲法が示す日本がめざすべき方向や政策の基本哲学は自然に決まってくるものと思います。 しかし、日本のお政府様が憲法記念日を 祝う公的式典を行なわないということは、1945年以前の天皇主権の軍国体制が誤っていたことを認めたくないことの現われであり、民主的政治を行なう意思 がないことの現われではないかと疑うのです。 現在の憲法にも不十分なところはある(*)ことを認めるにせよ、現憲法は、たとえばジミントーが自民党新 憲法草案として2005年10月28日に発表したような「自主憲法」を作って根本的に改変しなければならないと考えるほどの不完全なものではあり ません。
なによりも、 「自主憲法」を主張するような勢力のカイケンのアイデアは、憲法は国民主権の原理にもとづいて国民から国家への命令を明文化したものであるという民主政治 のイロハのイはもちろんのこと、基本的人権の尊重、平和主義といった、民主国家の基礎をはずしていたり弱めようとしたりしているものがほとんどです。 ま た、現憲法を「改正」しないと実現することのできない民主的政策というのはありません。カイケンしたい勢力からは、たとえば「環境権」が書かれていないな どというような言われ方がされることがありますが、「環境権」と呼べるものは、現憲法によって禁じられているわけではないので、どうしても改憲しなければ いけないというものとは考えられません。憲法に環境権を書き込めば、沖縄の人々の生活環境は米軍基地によるさまざまな被害から守られるというのであれば別 ですけど。 折りしも、一票の平等をめぐる訴訟で、「一票の格差」が最大2倍を超えている現状を違憲とする判決が高裁レベルで相次いでお り、最高裁判決が注目されます。『一票の格差是正に抵抗する政府は税金を無駄 遣いしている。』という最近の記事で書いたとおり、一票の格差を是正しないことによって一票の格差を是正すること以上のはっきりした具体的利益が 生まれるわけでもないわけですし、一票の格差を是正しなくてもよい理由として格差是正消極論者があげていることを認めるとしても、それは別のやり方でいく らでも対応できる以上、一票の格差は是正するべきだというのが自然な結論になります。それが憲法第14条の「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、 信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」という要請にこたえる唯一の道です。 た とえば、このような具体的な件の是正に関心を持たない自主憲法制定論者っていったい何の意味があるのだろうと思うわけなのです。 また、国 民投票法と一般に呼ばれている「日本国憲法の改正手続に関する法律」がこの5月18日に施行されることになっていますが、この法律を当時の与党(自公 チュー政権)が強引に通したときにつけられていたたくさんの付帯決議で示されているこの法律の欠陥や不完全な部分は直されていないままですし、具体的に何 をどう改憲するのかが政治課題としてあがっているわけでもありません。日弁連が次のように、憲法改正手続法の施行延期を求める声明を出しているのは当然と 言えるでしょう。
(転載ここまで)
以上です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年05月03日 16時56分22秒
コメント(0) | コメントを書く
[憲法] カテゴリの最新記事
|