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カテゴリ:楽園に吼える豹
太陽が南を過ぎ、やがて地平線近くに沈みかけたころ、アスカは浅い眠りから覚めた。
粗末なワンルームマンション。壁にもたれかかって眠っていたため、体のあちこちが痛かった。 家を出てからは、リョウジの紹介でこの部屋で寝泊りしている。ここが果たして誰の部屋なのかは知らなかった。興味もなかった。 体をほぐそうと伸びをしていると、誰もいない部屋にリョウジが入ってきた。 「よお、起きてたか」 「……ああ」 靴を乱暴に脱ぎ捨て、どかどかと足音を立てて畳の上にあぐらをかいた。 リョウジが動くたびに、彼の髪や服からきつい煙草の臭いが立ち上る。もう慣れたが、アスカはあまりこの臭いが好きになれない。が、耐えられないほどではないので苦情を申し立てたことはなかった。 リョウジはアスカの目を見つめると、体を少し前屈みにして囁くように言った。 「…実はさ、お前に協力して欲しいことがあるんだよ」 「…何だよ」 アスカが興味を示し始めたと見たのか、まだあどけないリョウジの顔が小ずるい表情になる。相手の関心を更に煽るように、少しもったいぶるように続けた。 「実は…俺らのチームの一人が、敵対してるチームの奴らに大事なモン盗られてさ。このままじゃこっちの面目丸つぶれだから、あっちのヤサに乗り込んで、そいつを取り返そうと思うんだけど」 「“大事なモン”って?」 「来ればわかるさ」 リョウジは意味深に微笑む。 「ふーん…」 リョウジの案に乗り気なのかそうでないのか、アスカの声からは判別がつかない。彼がアスカの真意を知るのは、彼女が次に放った言葉を聞いたときだった。 「で、いつ?」 リョウジの口元に笑みが浮かぶ。 「今日」 さすがに驚いた。 「…いきなりだな」 「一刻を争うんだよ。大丈夫、お前なら勝てる」 「へえ」 気のない返事だ。どうせ自分に敵う人間などいやしない。それは紛れもない事実だったからだ。 「奴らのヤサは、バレッティ地区のボロアパートらしいんだ。そこを叩こう」 小汚いアパートの部屋に、少年らしい楽しそうな声が響いた。 どぎついネオンの光が爛々と光り輝く街の中を、橘は走っていた。 時々すれ違う人とぶつかりながらも、彼の目はある一人の人間だけを探していた。 (どこにいるんだろう……) 辺りを見回しても、押し寄せる人波の中にアスカの姿はない。同じく彼女を探しているユキヒロやゴウシからはまだ何の連絡もないから、彼らもまだアスカを見つけられずにいるのだろう。 何時間もあちこちをうろうろしているのに、一向に見つかる気配がない。 次第に焦りがこみ上げてきた。 やはり何の手がかりもなく一人の人間を探そうというのが土台無理な話だったのか。 (嫌な予感がする…早く見つけないと) ―――彼女もサヤカのように。 悪寒が橘の背中をかすめた。慌ててそれを振り払う。アスカはサヤカではない。まだ間に合う。そう言い聞かせて。 その時であった。 橘のすぐ隣をすり抜けた人間がいた。その人物の顔は、一瞬のことでよく見えなかったはずなのだが、橘は本能的に振り向き、彼女の腕を掴んでいた。 掴まれた腕に引きずられるように、ブラウンの髪が揺れ、あどけない顔が現れる。先日会った時よりも、気のせいか若干痩せたように見えた。 「アスカちゃん……」 見つけた。 つづく ネット小説ランキング、人気ブログランキングに参加しました。 皆さんの温かい応援をパワーに変えてがんばります♪ よろしければクリックしてやってくださいませ!(^_^) ↓ ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「楽園(エデン)に吼える豹」に投票 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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