|
カテゴリ:小説 江戸珍臭奇談 貸し便お菊
江戸珍臭奇談19 貸し便お菊 9 でくちゃん、はい、金平糖 だが、桜の花は命短し、十日も過ぎれば桜の花は散ってしまい、桜の葉の出番になる頃には、喧騒が嘘のように向島の土手は閑散として、貸し便屋も終いである。 「への字、また、貸し便屋をやりたいねえ」 「お菊さん、あちこち人が集まるところはあるんですがねえ」 花のお江戸ではしょっちゅうお祭りごとがある、浅草三社祭り、神田祭り、あちこちの八幡宮にお稲荷様のお祭り、それに相撲に花火、どこかで祭りごとがないことのほうが少ない。人が集まることが大好きなのが江戸っ子である。 なんとか、移動する厠で一年中商売ができないものか。だが、貸し便屋をするには糞の始末が問題だ、川がなくては糞が垂れ流せない。 狭くて流れの弱い堀では糞尿が貯まって、いざこざのもとになりかねない。 江戸では「水は三尺流れて清し」と云われ、すぐ川下では、米を洗い、野菜を洗い、顔を洗うのだった。お菊はなんとか上手い方法がないものかと思案していた。 お菊が長屋でへの字に爪を切らせていると、ぷーんと、糞甕(くそかめ)を掻き回す臭いが漂ってきた。 「おや、きょうは汲み取りの日だったね、への字、障子を閉めな」 きょうは、十日に一度、宗兵衛長屋の糞汲に、下掃除人の『でく』が来る日だった。長屋の連中は、 「さっさとたのむぜ、でくのぼう、鼻が曲がりそうだ、」 などど悪態をついて、長屋から一時避難するか、油障子をぴたっと閉めて臭いを遮断して、我慢の時間を過ごす。 「そうだ、!!」 お菊の頭がひらめいた。 でくが大家の宗兵衛に挨拶をして、肥桶を担いで、よっこらしょっと、長屋の木戸を潜ったところで、お菊はしみじみと肥桶の中を眺めて、 「ちょいと、でくさん、話があるんだけどさあ」 といって、懐から金平糖を一掴み出してでくの手のひらに乗せた。 「こっこっ、こんぺいとう、おっ、おらあ、食べたことねえんだ、きっ、きっれいで、たっ、食べるのもっもっもったいねえ」 「いいからお食べ、でくさん、ちょいと聞くがね、その肥桶いっぱいで糞代はいくらになるんだい」 「いっ、一年分、まっ、まとめて、おっ、親分から、あっ、預かってくるから、よっよくわからねえが、にっ、二十文くらいには、なっ、なるんじゃなええかな」 「でくちゃん、その親分のところへ私をつれてっておくれ、ほら、金平糖」 「でっ、でも、親分のいるところは怖いところだよ、おっ、おから村とと呼ばれていて、そっ、外からは誰もこないところだよ」 「おから村ね、大丈夫、ねっ、連れてって、でくちゃん、はい金平糖、」 お菊はまた金平糖をでくの掌の上に乗せた。 甘い匂いがして、でくは思わず、こっくりと頷いたのであった。 つづく 朽木一空
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年10月17日 10時30分06秒
コメント(0) | コメントを書く
[小説 江戸珍臭奇談 貸し便お菊] カテゴリの最新記事
|