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カテゴリ:小説 江戸珍臭奇談 貸し便お菊
江戸珍臭奇談 24貸し便お菊 14 しあわせは見栄えじゃなかったとさ、、、 宵の刻、宗兵衛長屋の入り口にある、自身番屋にやってきたのは、年の頃、五十を過ぎた中間風情の男だった。 「ここの宗兵衛長屋にお菊さんという方がいらっしゃると聞いたのですが、、」 「お菊なら、いるが、あんたいってえ誰でぃ、なん用事だいっ」 「はい、直参旗本梶井文左衛門の家の者で吾助と申します。実はお菊様のお父様、つまり、梶井文左衛門様が昨夜お亡くなりになりまして、お嬢様にお伝えしに来たのでございます。そりゃあ、探しました、探しました。昨日から、眠らず食わず、なんとしてもお嬢様にお伝えしなくてはと思い、やっとたどり着いたのでございます。」 疲れ切った顔でそれだけ言うとぐたっと倒れこんだ、宗兵衛が白湯を飲ませた。 「お菊が旗本のお嬢様だって?そういえば、ここに来たときにはいい身なりをしてたし、言葉も江戸言葉じゃなかったなあ」 「おいっ、への字を呼んで、この方をお菊のところへ案内しろ」 「お菊お嬢様、吾助でございます、お久しぶりで、それにしても、このようなみすぼらしい狭いところで、御可哀そうに、さぞ、御苦労されたことでございましょう」 「吾助、私は幸せに暮らしているんですよ、心配しなくていいんですよ、生きるってことは見栄えじゃないのよ、」 「お嬢様、じつは旦那様が長い患いの上昨夜お亡くなりになりました、それをお伝えしたくて、お菊様を探しました。 嫁ぎ先の日本橋の茶問屋駿河屋甚右衛門のところへ行きましたが、なんと、駿河屋は石原町の三味線の師匠のお鈴という女に騙されて、身上を潰して駿河の国へ裸同然で逃げるようにして帰ったというではありませんか。 お鈴という女の後ろには京都の宇治茶問屋の吉本屋という悪徳商人が付いていて、後ろで糸を引いていたそうな、綺麗な花には棘があるっていいますからね、まあ、それはともかく、駿河屋から三行半を貰って出たお菊さんの行方はぷつんっと糸が切れたように消えてしまいまして、ようやく貸し便屋お菊の間というのが、本所深川で流行っているというのを聞き、もしかしたら、お嬢様は小さいころから頻便だったので、、ところが、その貸し雪隠も取り潰しになり、、、まあ、なんとかここへたどり着いたのでございます。さあ、お嬢様、こんな汚らしい所から出て、お屋敷に帰りましょう、明日は父上の御葬儀でございますので」 「わかった、吾助、私はここに戻るけど、父上の御葬儀にはでるわ」 駿河台は懐かしい街並みだった。深川に足を踏み入れた時には別世界のようであったが、深川から駿河台に来てみると、やはり、別世界のように清閑とした街並みであった。同じ江戸の町とは思えない静けさだった。 木々が繁り、道幅も広く、整っていて、歩いている人も背骨をぴんと伸ばし、せかせかせずに、ゆったりとしていた。時間の流れ方が違うようにさえ感じた。 棒て振り人さえも、本所深川とは違って身ぎれいな形をしていた。 品があるといえばそうだが、今のお菊にはなじめない空気のようにも感じられた。 つづく 朽木一空 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年10月24日 11時04分58秒
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