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カテゴリ:江戸ぶら、ぼてふり、
ぶらり甲州道 日野宿土方歳三 5 多摩川を渡った甲州道日野宿は伝馬囲い五人五疋の宿場である。 街道脇には大木が茂り、宿場に入ると大きな構えの本陣と脇本陣が軒を連ねていた。 その本陣の長屋門の中に佐藤道場があり、甲州道を行きかう人にもにも、「えぇぇぇい!!!やあぁぁぁっ!」という気合の声と木刀の打ち合う音が漏れ聞こえていた。 日野宿名主の佐藤彦五郎は剣術、居合術、柔術などの総合武術天然理心流に入門し、本陣の長屋門を改装し天然理心流の道場「佐藤道場」を作り、後々まで天然理心流と新選組を物心両面から支え続けた人物であった。 この道場で剣術を教えることになったのが新選組局長の近藤勇だった。 この佐藤道場で共に稽古に励んだのが、沖田総司、山南敬助、井上源三郎、土方歳三だった。 後の新選組の中核になった者たちだった。 歳三は土方家の10人兄弟の末っ子で石田家秘伝の「石田散薬」を行商しつつ、 あちこちの剣術道場へ顔を出しては試合をし、喧嘩をして負け知らずの無頼漢だった。 歳三の姉が日野宿名主の佐藤彦五郎に嫁いでいる縁で、歳三は佐藤道場に出入りするようになり、近藤勇と出会うことになった。 「なあ、彦五郎、お前と同じ彦五郎でも佐藤彦五郎とではこれは月と鼈と言われても詮方ないのう、」 「御意でござります。裏長屋の彦五郎と名主様の彦五郎じゃ比べ物になりません、」 「日野宿には新選組の匂いがぷんぷんしてくるだろう? 新選組の原点はこの日野宿の佐藤道場にあつたのだよ、 ここが新選組の故郷だなどという者もおるほどじゃよ、 だからか、口差がない者は、京に上ってからも試衛館出身の新選組のことを、 多摩の田舎侍が!と、蔑すんだのだよ。」 「べらぼうめ、そんな奴ら問答無用と切り捨てご免にしてやりゃあよかったのに、」 彦五郎も、すっかり新選組にはまってきたようだった。 つづく、朽木一空
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最終更新日
2023年03月14日 10時30分07秒
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