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カテゴリ:江戸の小咄でござんす
十件軒次郎右衛門 お江戸には酒飲み噺に事欠きませぬ。 酒で喧嘩をしたり、銭袋をなくしたり、 挙句仕事を失敗し、財をなくし、かかあに逃げられたなんて話は 掃いて捨てるほども転がっているのでございます。 ~世の中に 下戸の建てたる 蔵もなし~ なんて川柳がございまして、酒飲みには蔵が建たねえが、 なに、下戸(酒を呑まない者)だって、蔵が立たねえじゃねえかという、 飲んだくれの厚顔無恥の戯言でございましょうかね、 まあ、せいぜい、酒は楽しくお気楽に飲みたいものでございますな。 でぃ、江戸の酒飲みのお話を一つ。 次郎右衛門は日本橋石町十件軒へ出ては 齢の積もった年月を休みなしに稲荷鮨の詰まった荷箱を担いで 十件軒一町以内を売り歩いていた。 稲荷鮨を売り終わり、明日の生計を営む銭を得るという 棒手振りのような商いであった。 ところが、その次郎右衛門は並びなき酒鬼(のんだくれ)だったのだ。 荷箱の裏へ一升徳利に酒を儲え(たくわえ)それを飲みつつ、 酔いをすすめ、足の運びも覚束なく稲荷鮨の荷を担いで二間行っては荷箱を降ろし三間歩いてはまた憩い、 その度ごとに酒を呑むという風体である。 声を張り上げ 「兄弟一服呑みぁな、そっちの煙草で」 と、憎まれ口の聞こえるや否や近辺から若者らが稲荷鮨と印した赤行灯の暗淡(うすくらい)のを囲んで鮨を買う。 また往来通行の人は次郎公(次郎右衛門のこと)と見るより遥かに 「次郎公、一服喫(の)みぁな、そっちの煙草で」 と叫ぶと、次郎右衛門もまた 「兄弟酔ってきぁな」 と叫ぶ。 初めて見る人は酔いどれを怪しい人と思いながら、 そばに来て次郎右衛門が人を罵りながらの冗談をしばらく聞くみると、 面白く、その面白さを覚えて去りかねるほどであったという。 これすなわち 十件軒次郎右衛門は日本橋石町十件軒の名物であった。 こんな風に酒におぼれて死んじまえば極楽でございますね。 ~酒にかまわれ 酒に踊らされ 愉快に暮らす 極楽極楽~ 絵本風俗往、来蘆の葉散人より、 笑左衛門脚色
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最終更新日
2024年04月03日 10時30分07秒
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