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ちょっと気になったのが、あるゲームのライターが「日本のゲーム雑誌は基本メーカーの検閲があるから自由な発言ができない。日本にゲームマスコミが育たない」と嘆いていましたが。
で、ちょっと勘違いしているんじゃないかと思ったのは、「自由な発言や感想だったら、メーカーに頼らない、それこそネットの批評と変わらない、つまり、今の時代わざわざプロがライターに頼んで書く価値がない」ってことじゃないのかと。 じゃあ、ファミ通や電撃などゲーム雑誌は何なのか?あれは私に言わせると「広告本」です。あるいは今は無き「ぴあ」みたいな。あくまで発売前の情報を知らせたり、ゲームの攻略記事を載せたりする広告媒体。 そうやって考えるとわかると思います。自社のソフトを売るために書いてもらう記事のライターに「このゲームは糞ゲ~」と書いてくる記事を許すわけがない。勘違いしているのはクライアントの求めない記事を書きたい人間がクライアントから金をもらう事に何の疑問も持たないこと。 自由に書きたければそれこそ昔あった「ゲーム批評」のように、メーカーから何の見返りも求めない形にするしかない。当然、発売前のゲームを先行して遊べる、なんてことも先方が許さない限りできない。 そもそも広告を書いている人間にクライアントの自由から逃れる方法などあるわけがない。ゲームライターという肩書きが無ければ、一般ユーザーと同じ立場でしかゲームが出来ない。だからプロとアマの差がある意味ない世界。 ファミ通のレビューの点数は必ずしもゲームの面白さと比例しない理由。あれはあくまで「ファミ通が業界的に今週一番売りたいソフト」だと思えば納得できると思います。 自由な批評がしたけりゃネットでタダやればいい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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