66548752 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

FINLANDIA

FINLANDIA

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Calendar

Category

Keyword Search

▼キーワード検索

Archives

2024年05月
2024年04月
2024年03月
2024年02月
2024年01月
2023年12月
2023年11月
2023年10月
2023年09月
2023年08月

Freepage List

2016年05月06日
XML
テーマ:戦ふ日本刀(97)
カテゴリ:戦ふ日本刀
 
 陸軍記念日
 
 今日は三月十日である。陸軍記念日だ。
どこの兵舎にも國旗が出ている。
自分は裏へ出て顔を洗ってからそれと気がつき、
雑嚢から新しい日の丸の旗を出してこれを入り口に掛け、
折から起き出でてきた加古伍長をせきたてて顔を洗わせ、
この宿舎の前に立って写真をとってもらった。
撮影技師は砲眼鏡修理の軍属で、すごいライカの持ち主である。
 朝食は、裏の兵舎の人たちといっしょにする事になっているので、
鈴の鳴るのを合図に出かけていくと、
折から輝き出でた朝日の光を満身に浴びながら、
大きな棗〔なつめ〕の木の下に豆がらを山とつんで火をつけ、
ぼうぼうと燃え上がるその傍らの四角な切り石の上を食卓として、
大きなバケツで運んできた、もやもやと湯気のたちのぼる飯を丼につけ、
別のバケツのおつけ、漬け物で朝食である。
ある者は立ったまま、ある者は石に腰をかけ、蓙〔ござ〕に安坐して、
まことに原始的な、衛生的な、いかにも陣中らしい朝食である。
海軍出身だという機関銃修理の軍属が、
「野飯野糞ぢゃ。」
 と、そのまま部隊長にしてもいいような風采の、
太いカイゼル髭を左手でしごき上げながら、
さらに一束の豆がらを火中に投じた。
 尾籠〔びろう〕な話だが、便所はというと、低い土塀をめぐらした野天の下、
九尺四方位の地面を堀(※原文ママ)り下げ、四方を石積みにしたただそれだけで、
その一端に蹲踞〔そんきょ〕して致すのだ。
たて込んでもさしつかえなく、数人同時に用便しても他人の姿は見えず、
その代わり間違って後ろに引っくり返ったが最後たちまち黄金仏になってしまう。
まさに野飯野糞の実情である。
 ついでながら、北支那のごとく、比較的雨の少ない乾燥がちな土地では、
大小便とも直ちにかわいてしまうから、時々黄土粉を振りかけておき、
いっぱいになった頃堀り出して叩くとたちまち糞土混合の粉末となる。
それを俵につめたり箱に入れたりして畑に運び肥料とするのであって、
日本内地のように腐って異臭を発する等のないのは大へんに始末がよい。
 その野天便所のとなりの広場には、これも野天下に特有の大きな石臼があって、
目かくしをしたロバに曳かせたり、人が引っぱったりして、脱穀や製粉をしている。
“原料糟粕相隣す”とでもいたいような妙な対象である。
 午前九時から、門前の広場で陸軍記念日の式典だという。
両隊及び第四兵站の兵隊が、霜柱の高い広場へと集ってくる。
大熊中佐が馬上で見える。
國旗掲揚についで、万歳を三唱する。
蒼い大空の下、白地に赤い日の丸の旗がするするとのぼる。
嚠喨たるラッパが鳴る。
國旗に注目したその目頭が何故かなしにうるんでくる。
このような感激は、かつて経験した事のない新味なものであった。
あちらこちらでも、遠く近く万歳の声々が空中を伝わって聞こえてくる。
はるか西南の方では、ドドーンドドーンと大砲の音がつるべ打ちに断続してこれに和する。
こうした実弾の音を祝砲代わりに聞いて、昭和十三年の陸軍記念日式典は終わった。
 兵隊は今日は外出を許され、三々五々門を出て、街々へとのして行く。
自分は、川口隊長に従って、まず隣りの八木隊をはじめに挨拶をして廻る。
隊長は工兵少尉(今は中尉)で、明快な人だ。
兵站司令官大熊中佐は温顔沈着、自らお茶をいれてすすめられる。
城外へ出ると、右に池がある小公園で、
外出の兵隊が、ベンチにもたれて日向ぼっこをしたり、
芝生に寝そべって本や雑誌の類を読んだりしている。
 公園を通りぬけると、支那軍の建てた近代的な大兵営で、
ここに磯谷部隊の本部がある。
兵器部長の田中中佐、部員の林少佐にそれぞれ拝顔挨拶して隊へ帰ると、
隊長室には早や祝杯の用意がしてあって、
そのみちには玄人であるという当番兵の才覚らしく、
茶碗蒸しをこしらえて出されたのには驚き入った。
 兵隊にも祝酒が出たと見えて、各兵舎からうた声がのどかに洩れてくるかと思えば、
腕に覚えのある者共が集って相撲をとっている。
 宿舎に帰ってみると、留守の間に加古伍長が兵隊と共に、
どこから持ってきたのか一個のストーブを据えつけ、
古箱や何かを壊してうんと燃料を積み上げている。
この家の若主人公が来て、窓をきれいに貼りかえてくれた。
薦〔こも〕をつるした妖怪屋敷のようなあばら家も、
こうしてだんだん人間のすみからしくなってきた。
 
 こうりやんのからのさ寝床たれこもの小屋なかなかに住みよかりけり
 
 例によって砲弾の空き箱やら、米の入ってきた叺〔かます〕の蓆〔むしろ〕やらで、
軍刀修理場をつくった。
扉を開いたすぐの室で、室の前に蓆を敷いて、
ここは加古伍長受け持ちの刀身の修理場である。
 修理刀は、その日のうちに十振ほど運ばれてきたが、
戦闘部隊は、ここを中心として、東西南北に進出しているので、
だいたい済南と同程度の損傷刀であった。
 その夜はストーブを傍らに箱を置き、ロウソクの光で手紙を書いた。
あちこちの兵舎から、遊びに来いと迎えがくる。
断っても断ってもやって来て、ついつい加古伍長は引っぱられて行った。
風呂にはいれと呼びに来たので行ってみると、
ガソリンの入っていたドラム缶を土製のかまどの上に載せ、五右衛門風呂にしたもので、
縁〔ふち〕が高いからよくあたたまる。
ただこの辺の水質が悪くて、石鹸のとけぬのには閉口した。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2016年06月21日 06時23分00秒



© Rakuten Group, Inc.