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カテゴリ:心あひの風
千手は遠くを見つめるような眼差しで続けた。
「播磨殿の母御は、妾と同じ宋の国の生まれでござりまする。言葉つきや顔立ちに、どこか似通ったところがあるのでござりましょう。妾を見ると、懐かしい気がすると言って、ここに来る時は必ず美味しい菓子や小さな飾り物などを持ってきてくれまする。きっと、亡くなった母御にあげている気でおられるのでしょう。母御は食べ物も満足に食べられず、女子らしい持ち物一つ持たぬまま亡くなられたそうでござりまするから」 「母親の話は、あの男から聞いた」 「そうですか……哀れなものでござりまする。とうとう最期は自ら首をくくってしまわれるとは」 「それは聞いてないぞ」 千手ははっとして、口をつぐんだ。だが、兵衛尉に強いて尋ねられると、小さな声で言った。 「母御は、長年の辛い仕事が堪えなさったのか、身体がすっかり弱ってしまわれましてな。働けなくなると、汚い小屋に押し込められ、食べ物もろくに与えられず、人が看病することすら許されませなんだ。それに、国府からまわされた差配の者どもからは、役立たず奴と足蹴にされて。そうこうしているうちに、とうとう気がふれてしまわれましてな。播磨殿はそんな母御を庇ってずいぶん苦労をなされたそうじゃが、ある日ちょっと眼を離した隙に、母御は小屋の梁に藁縄を掛けて縊れておられたそうな……」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年05月14日 11時57分21秒
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