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カテゴリ:光明遍照
驚きで声も出ない駿河麻呂の前で、老僧は自ら大仏殿の扉を開けると外へ出て行った。
重い扉の立てる大きな軋み音に、階で眠りこけていた衛士たちも目を覚ましたらしい。一人が老僧に呼びかけている。 「これは、太上天皇様。お祈りはお済みでございますか」 「ああ、もう済んだ。これより、都の田村第へ戻るとしよう。もうすぐ夜が明ける。館の主の仲麻呂が起き出す前に、私の宿所に入っておきたいからな。一晩中番をしてもらったそなたらには大儀であった。田村第に戻ったらゆっくり休むが良い」 駿河麻呂は大仏殿の扉の蔭から、二人の衛士を引き連れて去っていく聖武太上天皇の後ろ姿を見送っていた。 少し足を引き摺るようにして歩くその姿は、長年の病苦と心労の重さと深さを物語っている。確かまだ五十歳をいくつか過ぎたばかりのはずなのに、小柄な身体は痩せこけ、背は七十歳の老人のように曲がっていた。まるで、その身に纏った唐渡りの紫衣の重みにすら耐えかねるというように。 豪華な衣装と脆弱な身体。それは、太上天皇が生まれた時から背負わされてきたものの象徴であろう。そして、太上天皇はそれをこれからもずっと背負いつづけていくのだ。この世を去るその日まで……。 注…田村第は藤原仲麻呂の邸宅。この記念すべき日、天皇家ご一行様はここを宿舎としていたようです。仲麻呂は光明皇太后の異母兄である藤原武智麻呂の息子で、一説によれば従姉妹である孝謙女帝の愛人でもあったとか。政治家としても優れ、後に恵美押勝という美名を賜るほどでしたが、孝謙女帝の寵愛が弓削道鏡へ移ると失脚。恵美押勝の乱を起こすも失敗して、官軍により一族とともに斬首されちゃいました。。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年01月20日 15時50分48秒
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