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カテゴリ:羅刹
「だが、最近になって、少し気になることがあってな」
頼通はふいに能季の方へ身を寄せてきて囁(ささや)いた。 「ここ数年、あの小八条第で風雅を楽しむ宴が時折開かれるようになった。一人で屋敷の中にいるのはどうしようもなくわびしいから、時折昔の歌仲間などを呼んで、歌会や管弦の集いを開いても良いかと、道雅が私のところへ言ってきたのでな。そのくらいなら良かろうと許したのだが、どうも最近妙な噂を耳にした」 「噂? どんな噂です」 「屋敷に集まってくる者たちのことだ。もちろん皆、名の知れた歌詠みや風流な趣味を持つ上達部(かんだちめ)などばかりなのだが……風雅以外にも、妙な趣味を持つ者ばかりなのではないかと」 「妙な趣味とは?」 「つまり、女を甚振(いたぶ)って楽しむのが好きな連中ばかりだということだ」 能季には女を苛(いじ)めて喜ぶ人間の性向などまるで理解できない。若者らしい潔癖さもあって、能季は忌(い)まわしげに顔をしかめた。 頼通も同じく顔をしかめていたが、こちらはもっと深刻な別の理由でだった。 「このまま道雅たちをほおっておけば、いずれは噂が広まり、公にも知られるようになるだろう。そうすれば、今度は道雅一人の始末ではすまなくなる。都中が大騒ぎになり、朝廷の権威が地に落ちるのは必至。このまま捨て置くわけにはいかぬ。だが、小八条第に集まっているのは、いずれも名のある者たち。その上人数も多いから、簡単に始末したり言いがかりをつけて流罪に処したりするわけにもいくまい。さて、どうやって始末をつけようかと、悩んでいたところだったのだ。ところが、手の者から数日前に、道雅の具合が悪くなり俄(にわ)かに出家を遂(と)げたという連絡があった。道雅さえ死んでしまえば、もう安心だと思っていたのだが」 頼通は能季を睨(にら)みつけながら、低い声で言った。 「道雅には、生きて怨霊と対峙(たいじ)してもらわねばならなくなった。さて、どうしたものかのう」 能季は頼通の目つきの迫力に、思わず逃れる場所を探して辺りを見回した。 だが、その時牛車ががくりと揺れて止まった。外からは、供人の誰かが門番の爺と何やら言葉を交わしている声も聞こえてくる。 どうやら、師実のいる三条邸へ着いたようだ。 能季はようやく頼通から逃れられると、ほっとして密かに溜め息をついた。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015年11月01日 14時23分10秒
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