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カテゴリ:羅刹
やがて、頼通は座を降り、師実の病床に近づいていった。
褥の上に投げ出された腕を取って、そっと寝床の中へ差し入れてやる。膿(うみ)に汚れた衾(ふすま)を厭(いと)うこともなく、師実の肩口まで引き上げて着せ掛けてやった。そして、腐臭漂うぶよぶよの師実の額を、何度も何度も撫(な)でさする。 乱れた額髪を掻(か)きやってやるその手つきは、まぎれもなく優しい人の子の親のものだった。 頼通は鼻を啜(すす)りながら、涙に詰まる声で呟いた。 「師実。父じゃ、わかるか。もう一度目を開けておくれ」 先ほどまで、庶民の命など毫ほどにも重んじてはおらぬ冷酷な政治家の顔を剥き出しにしていた頼通であっても、やはり内心は結局ただの一人の父親なのだろうか。 能季の疑問に答えるように、頼通は余人には聞こえぬような微かな声で囁いた。 「もし怨霊が私の命で勘弁してやろうというのなら、この命などいつでもくれてやるものを」 能季の胸の中が熱くなる。 父親と言うものはこういうものなのだ。 家族の者を守るためなら、自分の命を捨てることも厭わない。 たとえ、頼通のような冷酷非情な人間であっても。 我が父も、きっと私のために命を賭(と)してくれるだろう。 能季は胸の中で、頼宗の老いた慈顔を思い浮かべていた。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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