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カテゴリ:羅刹
乳母がまた、激しくすすり泣き始める。
能季は自分も泣きたくなるような気持ちで、俯(うつむ)きながらそれを聞いていた。 が、よく耳を澄ましていると、その声は低い男のもののようだ。 能季がはっとして顔を上げると、目の前の頼通の肩が微かに震えている。 泣いているのは、頼通だった。 頼通は嗚咽(おえつ)をこらえながら、掠(かす)れた声で乳母に問うた。 「私の寄越した叡山の僧は来たか。祈祷(きとう)の首尾はどうじゃ」 乳母は鈍色(にびいろ)の袖を瞼(まぶた)に押し当てながら答えた。 「はい。確かに昨夜のうちに密かにお越しになり、先ほどまでずっと祈祷を続けておられましたが、まるで験が現れぬ様子。一度山へ戻り他の僧を連れて参ると言われ、殿がお越しになる少し前にこの屋敷をお出になりました」 「何の効果もないとは、日頃の口ほどにもない。私にあわせる顔がなくて、早々に逃げ出しおったか」 頼通はじっと師実の顔を眺めているようだった。 師実は時折弱々しい息を吐くのでようやく生きているのがわかるくらいで、指先一つぴくりとも動かさない。 自分の周りに人がいるのも、まるで気づいていないようだった。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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