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カテゴリ:羅刹
能季の胸の中では、美しい斉子女王の顔とおぞましい師実の顔とが、交互に渦巻いている。
だが、だんだん師実の哀れな顔の方が、胸の中を占めるようになっていった。 私のことを兄のように信頼している、師実の澄んだ瞳。 どうしても、私には師実を見殺しにすることはできない。 そう思った瞬間、能季の口は勝手に動いてしまっていた。 頼通は既に目を輝かせ、能季の方へ詰め寄ってきている。 もはや後戻りはできない。 能季は観念したように目を閉じ、頼通に斉子女王のことを話した。 当子内親王にそっくりな斉子女王なら、道雅は必ず興味を示す。その導きなら、きっと屋敷からおびき出すことができるだろうと。 頼通はふいに能季の手を取って言った。 「道雅のこと、そなたに任せよう。私からの助力は惜しまぬ。小八条第の周りを見張らせている手の者たちも、そなたの自由に使ってよい。どうか、師実を救ってやってくれ」 頼通は必死の面持ちで、能季の手を握り締める。 その顔は父親らしい心配と熱意に溢れていたが、目の暗い底にはやはり冷たい光があった。 頼通にとっては、斉子女王のことなどどうでも良いのだ。 世間から忘れられた女王の一人や二人くらい、師実の命に較べれば塵(ちり)のようなもの。朝廷を平和裏に収めていくことを考えれば、大して重い犠牲ではない。 そう考えているのは明らかだった。 斉子女王は何としても私が守らねばならぬ。 襲ってきた緊張と心痛に、能季は唇を噛み締めて頷いていた。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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