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カテゴリ:羅刹
外から、高陽院(かやのいん)から牛車の供をしてきた郎党に指図する兵藤太の声がする。
「お前たちはこの車を連れて、一足先に高陽院へ戻れ。後は関白様の下知(げち)に従うように。ここで見たことは他言無用。良いな」 能季は名残惜しげに斉子女王の身体から手を離し、それでもなお乱れた髪を掻き揚げてやりながら、震える声で問うた。 「私のせいで、こんな恐ろしい目にお合わせしてしまって。お詫びの言葉もございませぬ。どこか、お怪我でもなさいませんでしたか。それか、何か……不快なことでも」 「いいえ」 斉子女王はそう言ったが、俯いたまま能季の顔を見ることもできず、唇をわななかせているその様子をみれば、何があったかは薄々察しはできる。 ただ、幸いにも衣装にひどい乱れは見えず、けしからぬ振る舞いにまでは及ばれていないようだった。 だが、それでも能季を激怒させるには十分だ。 能季は斉子女王の髪を優しく撫で、その頬にそっと口づけをすると、すっと身を翻(ひるがえ)して車を降りた。 そして、兵藤太に引き据えられている道雅の顔を、いきなり拳で殴りつけた。 兵藤太はなおも殴りかかろうとする能季をかろうじて片手で押さえながら、車の側の郎党に合図する。 郎党は頷くと、上げられていた車の御簾を丁寧に下ろし、牛飼い童を促して高陽院の方へ去って行った。 能季はごろごろという車輪の音で我に帰り、胸の痛む想いでその車の姿を見送った。 私のために、ひどく傷つけてしまったのではないか。 大したお詫びの言葉も言えないまま、別れねばならないとは。 今度は一体……いつ会えるのだろう。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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