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カテゴリ:羅刹
怨霊はじっと、自分の手の中で揺らめいている真紅の炎を見つめていた。
怨霊の手が動く。 道雅の魂を、力を込めて握り潰そうとするかのように。 だが。 やがて、その手は炎を消し去ることなく、逆にそっと両の手の中に包み込んだ。 そして、我が子でも愛しむような優しい手つきで、その炎を胸に抱き締める。 能季は驚いて、怨霊の姿を見つめていた。 怨霊はそのまましばらく炎の中に佇(たたず)んでいたが、やがてゆっくりとその姿を消していった。 残された炎はしばしの間大宮川の川面にたゆたっていたが、それもいつの間にか暗い水底へと沈んでいく。 ふと気がつくと、能季の身体はすでに自由になっていた。 隣の兵藤太が、すぐに庇(かば)うように能季へ駆け寄ってくる。 心配げに顔を覗き込む兵藤太に、能季はただ無言で頷くだけで、まだ視線を川面から外せずにいた。 目の前の黒い溜池のように澱(よど)んだ水の面に、何かがふわりと浮かび上がってくる。 それは、澄んだ薄紫色をした小さな炎だった。 その炎はふわふわと戸惑うように能季の周りを飛び交(か)ったかと思うと、急に高く舞い上がり、そのまま東の虚空へと飛び去っていく。 「三条の……師実様のお屋敷の方ですね」 安堵の溜め息とともに、兵藤太の低い声が耳元へ聞こえてくる。 能季はその声に頷き返しながら、炎の飛び去って行った方角をいつまでも見つめ続けていた。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016年06月03日 15時17分22秒
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