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カテゴリ:羅刹
濃い縹(はなだ)色の夜空に、冴え冴えとした白銀の満月が浮かんでいる。
今宵は中秋。 宮中では今頃、観月の宴が華やかにひらかれているだろう。 清涼殿の東庭には、豪華な作り物で月の名勝の風景が再現され、その前に帝をはじめ文武百官が居並んで、この同じ月を眺めている。 その光景を、能季は堀河殿の釣殿で、欄干(らんかん)に頬杖を突きながら思い浮かべていた。 清涼殿に集う人々の顔の中には、能季から取り上げた雲龍を吹く頼通と、その傍らに控える師実の姿もある。 師実はあの夜、確かに魂が身体へ戻ってきたのであろう。 能季が大宮川から急いで三条の屋敷へ行ってみると、師実は死人同然の悲惨な姿から俄(にわ)かに息を吹き返し、側に寄り添う頼通に手を握られたまま安らかな寝息を立てていた。 頼通は能季の姿を見ると、無言で頷いて、もう堀河殿へ戻れとでも言うように片手で能季を促す。 その顔は心労のあまりかひどく老け込んで見えたが、瞳には安堵の涙が光っているようだった。 それで、能季もそれ以上何も言わず、黙って三条の屋敷を辞したのである。 これでよい。 ようやく師実の命を救い、役目を果たし終えたのだ。 後日、師実の従者の行綱が大そう喜んで報告してきたところによると、師実はそれからめきめきと回復し、十日も経たないうちに起き上がって、頼通の待つ高陽院に帰ったという。 今ではもう以前と同じように、毎日宮中へも出仕しているらしい。 ↑よろしかったら、ぽちっとお願いしますm(__)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016年06月14日 14時11分16秒
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