うたの旅人
土曜の朝日新聞に「うたの旅人」シリーズが連載されているが、時として、なつかしい曲や忘れがたいエピソードに遭遇するので、要チェックなんですね。今回は口をついて出た蘇生の調べとして「愛しのクレメンタイン」がとりあげられています。この曲は、以前、NHKの番組でもとりあげられていて、日記にも書いていたので復刻します。(手抜きですが悪しからず)************************************************************************************在日の詩人キムシジョン(金時鐘)さんの波乱の人生が、深夜の再放送でオンエアされていた。放送のバックにときどき「愛しのクレメンタイン」が流れていたが、キムさんのお父さんが歌っていた歌だったそうです。その歌詞も曲調も元歌に近いもので、日本で歌われる「雪山賛歌」とは別物でした。だいたい、「雪山賛歌」として明るく歌われるのが間違いのもとで・・・山男たちの無頓着な替え歌が、元歌を冒涜していたのかもしれないですね。In a cavern, in a canyon,Excavating for a mineDwelt a miner forty niner,And his daughter Clementine. 元歌はアメリカ西部の49年野郎の娘が川に落ちて死んだ話であり哀愁を帯びている。一攫千金の夢にとりつかれ、辺境の地まで娘を連れてきたものの、苦しい生活を強いることになり、挙げ句の果てに死なせてしまった。この49年野郎も日帝時代の朝鮮のように悲惨である。キムさんは終戦後の四・三事件の際に済州島から命からがら脱出し、猪飼野にたどりついたそうです。ウィキペディアの済州島四・三事件によれば・・・・四・三事件(1948年)の難を逃れようとした済州島民は再び日本などへ避難あるいは密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。事件前に28万人いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減したそうです。放送でも、猪飼野の在日としては、済州島からの避難民が多いと言っていました。ところで、金時鐘さんは「夜を賭けて」を著したヤンソギル(梁石日)さんとも友達だったようです。朝鮮特需の頃に大阪城の工廠跡から遺棄鋼材を食って(カマシテ)きた仲間だった?ようですね。放送では四・三事件の生き残りのおばちゃんの証言とか、朝鮮戦争時の弾薬輸送列車の阻止行動とか、初めて知る内容ばかりでした。過酷な過去を穏やかに語るキムさんに、クレメンタインの歌がよくマッチしていました。(11日に大阪城の横を流れる川を見て、アパッチの川やと感慨にふけるドングリでした)共産党から除名されたキムさんの言葉が胸を打ちます。~時代が大きくカーブを切り、人類史的に見ても誇るべき憲法が損なわれようとしているのに、現代詩の表現に時代の陰りはほとんど見えません。不安なおののき一つ見えない。今の日本ほど詩が軽んじられている国は地球規模で見てもありません。~************************************************************************************韓国が絡むエピソードとしては、たどりつけない対岸というのもあります。このときの曲は「イムジン河」ですね。この前亡くなった加藤さんが若かりし頃、フォークルの一員として歌っていたし、映画「パッチギ」でもテーマ音楽のように出てきましたね♪愛しのクレメンタイン映画「パッチギ」より イムジン河