|
カテゴリ:NY発信
ニューヨークは大雪に見舞われた。
1996年に大雪が降り、当時住んでたニュージャージー州の非常事態に陥った事があった。道路は封鎖され、ニュースでは「外に出るな」とばかり言っていた気がする。そして、繰り返し言っていたのが、 「これは孫の世代にも言い伝えられるブリザードだ!」 それって大袈裟じゃないの?誰も大雪の話をいつも覚えていて孫が出来たら話すなんて事しないと思うのだが。それに大雪じゃなくてもっと大事なことを孫に伝えたいと思うのだけど。2003年にあった停電の方がランク付けしたら上に行くと思う。その時のTシャツが道で売られていたから。 残念ながら、セントラル・パークでソリで遊べなかった。 やっと久しぶりに部屋の掃除が出来、お芝居のリハーサルも順調に行っている。私の出番はそんなに無いのだけれど、クリエイティブな事をしている時は幸せ。そして良い勉強になる。そして新しいアイディアが浮かんだりする。それが活動力の素となる。 今月から始まったバレーボール・リーグ。2試合目でやっと白星。1試合目が惨敗だったから皆の顔にも笑顔が見え、 「楽しいね!」 そんな会話が飛んでいた。競技はやっぱり勝つ方が楽しい。サーブが決まったりすると、日本は「東洋の魔女」と言われたんだな、なんて思ってしまう。アメリカ人と一緒にプレーしているのに、オリンピックの名残がまだあるのかもしれない。もしくは、「ニッポン、チャチャチャ」という音頭が好きなのかもしれない。まだまだ続くこのリーグ。果たして勝ち続ける事出来るかな。 今週、母に電話をした。 特にこれといった用事が有る訳でもなかったのだが、何となく話したかった。電話に出た母の声がいつもと様子が違っていた。 「10分位前に電話が入って、おじちゃん亡くなったって。」 虫の知らせだったのかもしれない。母の姉の旦那、私の叔父はガンの手術を昨年した。それでも元気だったという。亡くなる前の日に熱が下がらずに急遽入院し、そのまま帰らぬ人となった。父と同い年の叔父だった。 このクリスマスに甥のりんりんと一緒の写真をクリスマスカードに添えて叔父一家に送った。久しぶりに送ったカードだった。 カード送っておいて良かった そう思わずにはいられなかった。この週末に無事葬儀が終わったと母からの報告があった。自分の祖父・祖母達のお葬式さえ出席していない私。だからどこかでまだ生きているような気もする。きっと叔父に対しても同じ様に思うかもしれない。最後に会ったのが何年前だったかは覚えていない。でもある時の叔父の言葉を私は忘れない。 「ゆーみんはアメリカにいるだけあって、話し方に迫力があって、説得力があるなぁ。」 新聞社で働いてコワーイ上司だったと聞く叔父。その叔父にそう言われて嬉しかった。この春に帰国予定にしているだけにとても残念だ。叔母は病人がいなくなって、やっと私のところへ遊びに来れると言っていたそうだが。私はこの叔母に良く似ている。叔母は絶対近いうちに来ると思う。 親戚、先祖ということを考えていた。 この一年程、自分なりに先祖探しをしたいと思っていた。そんな矢先、偶然にも母方の遠縁の人の事を母が興奮して話してくれた。 母方の私の祖母の従兄弟にあたる人がゆーみん家の人達を探しているらしいのだ。母の手元には今、昭和初期に一族の間で発行されていた雑誌があるという。その先祖・親類探しをしている人の所有しているもので、母の姉の元に来たので母が借りているらしい。 そこには私の祖母・祖父達の投稿が載っているという。二人とも既に他界しているが、母は自分の知らなかった両親の事を今改めて知ったと言っていた。 親子の縁は自分が死ぬまで発見続きなのかもしれないな そう思った。それが親子なのかもしれない。その中にはペンネームを貰った祖母の投稿もあるという。先祖の意志を継ぎたいと思う私の意志が届き始めたのかもしれない。なにか引き合わされているような気がするのだ。 そんな事を思いながらまた大雪の事を考えた。やっぱり孫の代に伝わらないかもしれないな、と思った。孫に伝えたいこと。 私のルーツ。 あ~、まずは子供。 ご先祖様、家を継ぎ伝えていきます。その為にも私が素敵な人と出会いますようにどうぞお力をお貸し下さい。 【応援して下さい!】 この場を借りて宣伝しちゃいます。亡くなった叔父の叔父方の姪の子供が日本でピアノデビューします。アリス=紗良・オットです。応援して下さい! このサイトも試してみて下さい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jan 24, 2005 02:18:58 PM
[NY発信] カテゴリの最新記事
|
|