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NYのゆーみん

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Sep 12, 2005
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カテゴリ:NY発信
9.11の翌日、9月12日。

今から30数年前のこの日、新しい命が誕生した。子供は要らない、という父だったらしいが何故か子供2人の4人家族となった。弟の誕生の前、私は両親の間に寝ていたのだけれど、ある時をはっきり覚えている。それは一人で隣の部屋に寝ていたこと。就寝時間は両親と同じなのに暗闇が怖いからずっと隣部屋の両親に話し掛けていた。そのことをなぜか鮮明に覚えているのだ。

それから数ヶ月たったある夜、母の実家で両親の間で寝ていた私は何故か夜中に目が覚めた。体を起こして両隣を見ると、私の知らぬ間にパパとママからおじいちゃんとおばあちゃんに代わっていたのだ!大声を出して泣き出して、祖父母を困らせたことも覚えている。そして一度泣き出したら意地でも泣き止まぬと頑固に泣き続けていた。途中で涙が乾いて泣き続けるのも大変だと思ったのはきっとこの時が始めてだ。

そして次の日の正午のサイレンと共に弟が生まれた。

病院に訪ねると、小さな木で出来た箱の中にいる赤ちゃんがいた。嫉妬する事も無く、会った時から弟を可愛がったのだと母は教えてくれた。母の病室で昼寝をした私が目覚めた時に見たのは父と母が寄り添い母が生まれたばかりの弟に母乳をあげている姿だった。初めて「家族」を意識したのかもしれない。けれど母のベットに日の丸のようなおねしょをしてしまった事を告げなければならなかった。きっと緊張感が解けたのだろう。これが私の覚えている弟の誕生劇。

その9月12日は「応援して下さい!」と知人から連絡があり、マイナーリーグのスタッテン・アイランド・ヤンキースの試合観戦に行ってきた。2年連続ビリのチームが今年は準決勝に進んだということで、知人の声も弾んでいた。大リーグ観戦と違ってマイナーリーグ1Aのチームというのは草野球に近いものがある。選手達は殆どが現役の大学生達だし、気楽に野球を楽しむ事が出来るのだ。

そしてもう一つ理由があった。

球場の隣にある9.11の追悼碑「ポストカード」。球場へ行った時は見えるけれど、側まで行った事は未だ無かった。この「ポストカード」は日本人建築家、曽野正之氏のデザインで、犠牲者を多く出したスタッテン・アイランドの住民の横顔が彫られ名前が刻まれている。9.11の翌日とあって、追悼碑には沢山の花が添えられていた。

まるで今にも空に飛び立っていくような白い羽ばたく鳥のように見える2つの羽。今は無きツインタワー跡を静に見つめて平和を祈るように建ち、遺族たちも心休まる素敵なモニュメントと褒めているそうだ。

前の日のゴルフの帰り、ニュージャージー州の遠くから一本の緑色の光が天に向かって伸びているのが見えた。なんだろう?と思っていたけれど、まさかダウンタウンのワールドトレードセンターからの光だとは思わなかった。と、いうのも余りにも遠い場所だと思ったからだ。けれど車がニューヨークに近づくにつれ、はっきりとそれがワールドトレードセンターのあった場所から出ている2本の光だとわかった。夜空に高く伸びて行く光と共に、私たちの祈りと一緒に天に帰って行った魂も多かったような気がした。

その光は既に消えてなくなっていたけれど、「ポストカード」の間からはマンハッタンがよく見える。まるで亡くなった人たちがあの場所を見つめているように。私はお祈りの言葉を呟いた。その犠牲者たちがいるからこそ、私達の意識が変わってきたのではないだろうか。

こんな話を聞いた事がある。

ある人がホームレスの男に金を恵んだ。そのホームレスの男の存在はその金をあげた男の為に存在する、そんな話だ。要は金を渡した男の行動であり、それによって変わる彼の人生なのだれど、今まさに世界はその関係を示しているような気がする。ホームレス=地震、津波、ハリケーン、男=世界中の人々。防ぐことの出来ない天災はある。けれど私達が出きることの一つとして、意識を高めることがあげられると思うのだ。生きている間の魂磨きがそこにある。

人は生まれてから死に向かっている。でも私はそれを望んでこの世に生まれてきたのだと思いたい。魂という存在では経験出来ないことを肉体を持つ事で楽しむ事が出来る。喜びも、悲しみも、気持ちいいことも、痛みだって経験することが出来る。もし私の人生が私の生まれる前から決まっているとすれば、それを思い出しながら生きることに全力投球したい。真剣に白球を追うマイナーリーグの選手達のように。

3-3の同点に追いつかれた9回裏、粘ったヤンキースがサヨナラの一発、2ランを放った。飛び上がって喜ぶ選手たち。スタンドからも嵐のような声援が飛んだ。私も大きな拍手を送った。

死というものが病気や事故じゃなくて不本意に起きることだと実感したあの日から4年。いつ死んでも悔いの無い人生を送ろうと思った。そんなことを考えながらフェリーを過ぎる夜風に身を委ねていた。

フェリーから見えるマンハッタンの夜景はいつになく綺麗だった。










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Last updated  Sep 15, 2005 02:01:49 AM
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