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北條不可思:Song&BowzuMan:listen and hear FUKASHIHOJO.COM☆{okagesama wa arigato no umi no oya}

January 6, 2007
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 東京・築地本願寺本堂(2005年) 

 

おかげさまで ありがとう

                    作詩・曲 北條不可思(2004)

 

人は何故にこんなはずじゃなかったと 

この世を怨んだりするのだろう 

人は何故にこんなはずじゃなかったと 

この身を歎いたりするのだろう

今は過去 今は未来 儚き無常の空の下で

それでもいつか聞いた願いを 

心の頼りに 「今」 歩いている

今は過去 今は未来悲しき無常の空の下で

それでもいつか聞いた声を

心の頼りに 「今」 歩いている

おかげさまで ありがとう 

「今」生かされているじゃないか 

おかげさまで ありがとう 「今」 おかげさまで ありがとう

***

人は何故に死にゆくこの悲しい身を 

見つめることができるのだろう 

人は何故に生まれしこの身を

見限ることができるのだろう

今は過去 今は未来 悲しき無常の空の下で

それでもいつか映した月影を

心の頼りに 「今」 歩いている

おかげさまで ありがとう 

「今」生かされているじゃないか 

おかげさまで ありがとう 「今」 おかげさまで ありがとう

 

おかげさまで ありがとう 

「今」生かされているじゃないか 

おかげさまで ありがとう 「今」 おかげさまで ありがとう

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おかげさまでありがとう


おかげさまで ありがとう

 ある日、たとえ覚悟を決めていても、やはり『死』は唐突に現実の出来事になる。そして、その『死』を受け止め、戸惑いながらも葬儀の準備が始まっていく。様々な形態が成立している昨今の葬儀に、僧侶という第三者の立場で携ることの責任を考えることがある。  
 ご当家の方がお寺を頼む(僧侶の出勤を望む)理由は千差万別だと思うが、私は、いつも僧侶として大先輩であり師匠でもある父の言葉を脳裏に刻んで仏前へ向かう。『御仏縁の出遇いは、血縁よりも深い』。往生の素懐を遂げた父の声が、いかなる状況であろうとも、私の背中を押してくれていると感じながら。
 葬儀に始まり、ご法事のご縁を重ねる中で、父の言葉の確かさを改めて知る機会がある。その一方で、ご家族にもたらされた様々な出来事を伺う折に、慰め励ます力のない愚生なる自分をつくづく思い知る。ただただ、絶望の闇を破る仏智の光明に照らされて、共々に歩かせていただきましょうと願うばかりだ。どんな悲しみも、どんな喜びも、「おかげさまで ありがとう」の心で一緒に味わわせていただきたいと願って止まない。
そしてまた数多のお出遇いは、僧侶であり音楽家として活動をしている私においては、特別な作用をもたらしている。はからずも、内なる自己に抱えた想いのあれこれが、歌詩となり、旋律で結ばれていくきっかけとなっているのだ。もっともそれは、独善的な決めつけかもしれない。だからこそ、生かされて活きていることのおかげさまに、尽きぬ感謝を申し上げたい。命が恵まれた不思議を真摯に受け止め、無常なこの世を生き抜く原動力にしていきたい。

サン・ライフグループ タイムス 5・6月号 署名原稿

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