神奈川新聞(10月11日付)に『慶喜と隆盛 美しい国の革命』の書評が載った。以下、転載する。
広角で見る近世の胎動
この標題から将軍と英雄が丁々発止と渡り合う物語を想像しそうだが、中身は幕末から明治への波乱の20年を通観する史劇だ。勝海舟は出る、伊藤博文は出る、岩倉具視、阪本龍馬、高杉晋作、むろん孝明天皇も出てくる。登場人物はおびただしい。
近世日本の夜明けを一望にみせる広角スペクタルだが、龍馬や隆盛には「まっこと」「じゃどん」など在地の言葉を使わせるなど芸は細かい。
際立つのは、幕府や雄藩の実力者に思惑ぶくみで近づく英仏の外交官たちの動きだ。とくに仏国総領事ロッシュの通訳メルメ・カションの政情観察が利いている。彼は狂言回しの役割を演じてもいるのだから、いっそのこと、海外勢力のさや当てを話の軸に据えてもよかったかもしれない。
偏見ではない哲学はないそうだが、奇策を次々と繰り出す岩倉は「小胆」か。だいじな場面で京をすたこらさっさと出奔した慶喜の本音はなんだったのか。歴史文脈のキモのところは、もうひとこと聞きたかった。
(猿渡 与助)