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カテゴリ:日々の読書(ミステリー)
小説に描かれる名探偵は、なぜか変人が多い。シャーロック・ホームズしかり、御手洗潔しかり。私の知っている爽やか系は浅見光彦くらいか。常人には想いも付かない発想で難事件を解決できる人間というものは、それなりの強烈な個性が付き物だということだろうか。そう言った意味で、最も探偵らしい人物の一人が、この「ベンスン殺人事件」(S.S.ヴァン。ダイン/日暮雅通:東京創元社)に登場するファイロ・ヴァンスだろう。 タイトルにあるベンスンとは、証券会社を経営していたアルヴィン・ベンスンのこと。そのベンスンが自宅で何者かに頭を撃ち抜かれて殺されていた。ヴァンスは、親友の地方検事マーカムに、一度捜査に同行させて欲しいと頼んでいたことからこの事件に関わるようになったのである。 このヴァンス、皮肉屋でとにかく口が悪い。会話には、これでもかと言うほど、文芸や舞台芸術などの広い教養を前提とした、引用や比喩が溢れている。彼の口調のせいもあるのだが、これが相当に嫌味たらしい。相手をしている方も、かなりの教養人でないとその意味が汲み取れないだろう。彼の犯罪捜査に対するポリシーも独特で、<物的証拠と状況証拠だけをもとにした推理では犯罪を解決できない>、<真相を知るには犯罪の心理的要因を分析して、それを人物に適用するしかない>と、今で言うプロファイリングのような手法こそが真実に至る道だと確信している。 捜査の方は、迷走し、有力な容疑者が次々に現れてくるのだが、ヴァンスは、次々にマーカムや警察の見込みを覆していく。それだけではない。自分で、<物的証拠と状況証拠だけをもとにした推理では犯罪を解決できない>ということをマーカムに実証するために、特定の人物に対して、こいつが真犯人だとして、その理由を延々と述べていくのだ。しかし、マーカムがその気になったところで、そんな訳ないじゃないかと、がらりとひっくり返してしまうのだから、なんとも始末が悪い。これを何度もやられるのだからたまらない。そして、最後に明らかになるのは、最も犯人らしくない人物だ。ヴァンスは、この人物が犯人だということは最初から分かっていたそうだが、彼の言う心理的要因だけで、本当にそこまで分かるものだろうか。彼の推理の筋道には本当に驚かされる。 読者は、ヴァンスの推理過程に思い切り翻弄され、どんどん迷宮の中に踏み込んでいるような錯覚を受けてしまうだろう。いったい、この迷路に出口はあるのか。「変人にして賢人」であるヴァンスの案内するミステリーツアーは、奇妙な魅力で読者を惹きつける。 ※本記事は、「本の宇宙」に掲載したものの写しです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 21, 2013 07:45:13 AM
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