カテゴリ:国際政治
白人層の怒り・疎外感…「異端」トランプ氏を押し上げる 米大統領選2016ワシントン=五十嵐大介、金成隆一 ワシントン=峯村健司、ニューヨーク=真鍋弘樹 ワシントン=杉山正 2016年11月10日 朝日新聞
米国社会の底流にマグマのようにくすぶっていた「既成政治」への怒りが、ドナルド・トランプ氏を大統領の座にまで押し上げた。 「有権者の反乱」とも言える動きの主役となったのは、政治に置き去りにされ、中流層から落ちこぼれる不安を抱えた白人たちだった。
「今こそ一つに団結した国民になる時だ。分断で広がった傷を修復する時だ」 当選を確実にしたトランプ氏が9日午前3時前(日本時間同日午後5時前)、ニューヨークでの勝利演説で訴えると、白人が多く占めた会場から「USA」コールが沸き起こった。
「分断」を修復すると言うが、選挙戦でその分断をあおったのはトランプ氏本人だった。一部の政治家を「エスタブリッシュメント(既得権層)」と批判。移民や女性、イスラム教徒らマイノリティーへの侮蔑の言葉を吐き続けた。
差別的な暴言は多くの批判を浴び、共和党主流派も離反したが、一方で支持者には「わかりやすい言葉で、本音で語ってくれる」と映った。
鉄鋼業や製造業が廃れた「ラストベルト(さびついた地帯)」にあるオハイオ州トランブル郡で、支援活動を続けてきたデイナ・カズマークさん(38)は9日未明、「昨年6月に応援を始めてから、何度も『勝ち目はない』と笑われた。やっと私たちの声に耳を傾ける大統領が誕生する」と声を震わせた。
ペンシルベニア州レディングに住むリッチ・ハーゾグさん(68)はヒスパニック系移民への敵意を隠さない。街から工場が消えた代わりに移民が増え、人口の6割をヒスパニック系が占めるようになった。ナイフを使った事件が起き、治安が悪くなった。
ハーゾグさんは言う。「米国に変化が必要なことを、首都ワシントンの『エスタブリッシュメント』は気づかないが、トランプ氏は気づいていた。米国には国境の壁が必要なんだ」
ミシガン州デトロイト郊外のトラック運転手ロナルド・ミラーさん(50)も自宅で、トランプ氏の勝利に歓喜した。長年の共和党支持者だが、41代、43代の大統領を出した名門ブッシュ家が大嫌いだ。多くの若者が犠牲になったイラク戦争を何より許せない。
「エリートたちは権力維持が目的で、庶民のことなんて気にしない。この選挙は『クリントン王朝』の誕生を阻止し、エリートから権力を奪い返す革命なんだ。トランプ氏にはワシントンを破壊して欲しい」
「自分たちを代表する政治家がいない」という不満をため込む有権者の支持を得るため、トランプ氏は人種間や党派間の対立を利用して支持基盤を作り上げた。世の中を「敵」と「味方」に分ける手法が人々を引きつける。
分断そのものすら、今の政治が作り上げたものだと支持者たちは信じている。「ワシントンのエリート政治家たちこそが人々を分断している張本人ではないか。それを一つにできるのは彼しかいないんだ」。約30年前にトランプ氏に大統領選出馬を勧める運動を立ち上げた筋金入りの支持者、マイク・ダンバーさん(69)はそう語る。
「トランプ氏は、米国への『罰』なのでは」と例えるのは、政治評論家のアンドリュー・ドラン氏だ。「ワシントンに見捨てられた人々が、今の政治家、エリートたちを罰することのできる人間を選んだ。トランプ氏が自己陶酔的で能力がなかったとしても、他に選ぶことのできる政治家はいなかったのだ」(ワシントン=五十嵐大介、金成隆一)
■拒絶…戸惑うワシントン
大統領選で最大の敗者を挙げるなら、クリントン氏だけではなく、共和党も含めた既成政治の側だった。
「冗談だろう。国民は米国が破滅に向かってもいいと思っているのか」。9日未明、トランプ大統領の誕生が現実となり、米政府当局者は悲鳴を上げた。超大国を牽引(けんいん)していると自負する既成政治が、米国民から「破壊」通告を受け、打ちのめされている。
トランプ氏から最大の「既得権層」の象徴とされた民主党候補のクリントン氏にとっては勝てる選挙のはずだった。トランプ氏の選挙資金は半分ほどで、共和党は分裂状態で党主流派からトランプ氏への応援演説すらなかった。主要メディアもこぞって「トランプ氏不支持」を打ち出した。
民主、共和を問わず、政権中枢で政策を練ってきた担い手の多くが「反トランプ運動」に署名した。8月、ヘイデン元中央情報局(CIA)長官やネグロポンテ元国務副長官らが「史上最も無謀な大統領になる」と警鐘を鳴らした。
これに対し、トランプ氏は「権力にしがみついた腐ったワシントンのエリート以外の何者でもない」と一蹴。そして、米国の有権者は、既得権層の「常識」を覆した。
ウォールストリート・ジャーナル紙は「トランプ氏の想定外の勝利は、米国でめったに起きない政治の地震だ。政治とメディアのエスタブリッシュメントは途方に暮れた」と指摘。ワシントン・ポスト紙は9日、「選挙民からのサプライズ」と題した社説で「トランプ氏は大半の専門家の予想よりも力強い選挙戦をみせた。地方やラストベルトの有権者のエスタブリッシュメントへの深い恨みなど、探り出すべき多くの教訓がある」と記した。(ワシントン=峯村健司、ニューヨーク=真鍋弘樹)
■「変化望む」最多 CNN出口調査
CNNが約2万5千人の有権者を対象に行った出口調査では、現状に不満を持つ有権者がトランプ氏に投票したことが浮き彫りになった。
政府に対して、「不満」か「怒り」を感じている人は69%に上り、その58%がトランプ氏に投票した。「満足」か「非常に満足」と答えた人は29%だった。
この傾向は、今回の大統領選で勝敗のカギを握るとされた「ラストベルト」と呼ばれる産業が廃れた地帯でより強く出ている。
接戦州の一つとされたオハイオ州では、政府に対して「不満」か「怒り」を感じた人が71%で、全国平均よりも高く、そのうちトランプ氏に投票した人は65%となり、平均よりも7ポイントも高かった。
年齢が高くなるほど、トランプ氏へ投票する傾向も強い。18~29歳の投票先はクリントン氏が55%、トランプ氏が37%だった。45~64歳になると逆転し、クリントン氏が44%で、トランプ氏が53%となった。
また、白人の58%がトランプ氏に投票し、37%のクリントン氏を上回った。逆に、非白人でトランプ氏に投票した人が21%で、クリントン氏は74%だった。大学を卒業していない白人に限ると、トランプ氏に投票した人は67%に上った。
大統領に求める資質については、経験や判断より「変化をもたらすこと」が39%で最多。そのうち83%がトランプ氏に投じた。
軍最高司令官としての適性や外交政策に関しては、トランプ氏よりもクリントン氏に期待する意見が上回った。一方、経済への取り組みに関しては、トランプ氏に期待する声が多かった。(ワシントン=杉山正) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016.11.10 17:32:19
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