記憶喪失
ここは惑星レグナスにある交易都市アステルリーズ。この大陸で有数の商業都市だ。海に囲まれた島そのものが都市を形成していて、高台にはバファリア教の総本山ともいえる大きな神殿がある。その神殿に向かう一人の女性の冒険者がいた。身の丈は子供のように低い。手には古ぼけてはいるがかなり分厚い本が持たれていた。そのまま神殿に向かうと思いきや、90度左に折れて広場わきの縁石に腰を下ろした。熱心な信者は祈りを捧げながらいぶかしげな表情でこちらをちらちらと見ていたが、その冒険者は気にも留めていないようだった。「そんな目で見られても私には信仰心のかけらもありませんよー。ここは静かだから来ただけですよー。」そう呟きながら彼女は膝の上で持っていた本を開く。表紙を開くとこの本の題名だろうか、かすれた文字で『あなたがいるから。。。』と書かれていた。そして『悲魔』と書かれたサインのようなものも見える。さらにページをめくる。ある男性の冒険者がたどっていたであろう冒険譚が日記のように書かれている。どれもレグナスで起きたことではない異世界のものであることはすぐに分かった。正直に言ってあまり文章はうまくないようだ。たいして面白くもない。だけどなぜか読むのがやめられない。いや、読まなければいけないのかもしれない。なぜならこの『悲魔』という人物が書いたと思われる記録の中に『ShaRaLa』という『悲魔』に仕える使用人というかメイドの姿があるからだ。「はぁ・・・やっぱり思い出せないなぁ。」洞窟で倒れていたところをフェステに発見されたとき、すでに所持品の中にこの日記はあった。でもそれ以前の記憶がない。「私ってメイドさんだったの?」「お帰りなさいませ、ご主人様♡」おもむろに立ち上がって知ってる限りのメイドの真似をしてみた。「なんか違うなぁ。」「・・・・」神殿の衛士がこちらを見ていた。彼女は慌てて座りなおした。「そういえば、数か月前のメイド・執事ブーム?の時にこの服買ったんだっけ。何でかわからないけどお気に入りなんだよね。」「フェステも(お金を稼ぐついでに)私の記憶探しを手伝ってくれるって言ってけど、この『悲魔』っていう人に会えば何か思い出せるのかなぁ。」物思いにふけっていたその時、「がおー!」頭の後ろで声がした。驚いて振り返る。同じ冒険者チーム『群青恋華』に所属している羽流だ。「あはは、びっくりした?ここにいると思った。またその日記を読んでたの?」優しい笑みを浮かべながら羽流はShaRaLaの手を取り、「もう遅いよ。帰ってご飯にしよう?」と言って歩き出した。「その『悲魔』っていう人、早く会えるといいね。」そう言う羽流に手を引かれながら神殿をあとにした。いつの間にかあたりはすっかり夜になり、高台からは町の夜景が鮮やかに見えていた。(続く?