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テーマ:冤罪事件 公判の記録(44)
カテゴリ:冤罪(狭山事件等)
2005(平成17)年3月16日 [[狭山事件]]で、[[最高裁第一小法廷]]・[[島田仁郎]]裁判長が[[特別抗告棄却]]決定を下し、[[第二次再審請求]]に幕をおろす([[18年7ヶ月]])。 故和島岩吉・狭山再審請求弁護団団長(元日本弁護士連合会会長)は、「市民の健全な常識感覚」からすればこうした判断はありえないことであるとして、えん罪事件に対する司法判断を厳しく批判されてきた。しかし、人権を守る最後の「砦」であるべき最高裁は、その誤りをまたもや繰り返したのである。・・・ (狭山事件の第2次再審請求に関する 最高裁・特別抗告棄却に強く抗議するより) 東京高裁にて第二審始まる。 <この日、石川さんは突然立ち上がり、「お手数をかえて申し訳ないが、私は善枝さんを殺していない。このことは弁護士にも話していない」と訴える。 この石川さん自身による無実の宣言によって初めて、一審死刑判決の根拠となった自白がいかに作られたか、次々と法廷で恐ろしい、驚くべき事実が明らかにされていった。 (『狭山事件と再審』[[和島岩吉]]編より) http://homepage2.nifty.com/equality/saiban.htm 「徳本事件でも重要な証拠品が紛失している。それは遺留された盗まれた自動車の中に指紋とたばこの吸いがらと毛髪があったのですが、調べてみるとこれが行方不明なんです。検察庁に聞くと警察から送付を受けていないというし、警察は送っているということでいまだに行方不明である。これは重大なことだと思う。 確定した裁判なら証拠品の始末が何か法的に規制があるのかも知れないが、問題の徳本事件は三人の共犯事件であって、一人しか逮捕されていない。あとの二人はまだ事件は時効にかかっていないし、捜査中に属する事件である。その事件について現場遺留品の物的証拠が紛失した。これについて追及すると前にいったことで終わっている。こんなことが許されていいことなのかどうか」(同座談会和島岩吉弁護士の発言要旨)。 和島岩吉弁護人が第二審の最終弁論(一九七四年九月一〇日・第七八回公判) http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/sayama/news/ieenotegami.html (略)捜査過程で公判でも筆跡鑑定が度々現われていますが、文字の形態とか筆圧の点にいろいろの意見が出ていますが、それ以前の問題として被告人の識字程度、作文能力の程度が考えられねばなりません。被告人が家へ書き送った手紙とか鑑定資料を比較して、こうした観点から考察されると簡単に答が出てくると考えますが、いかがでしょう。今私は、手許にある「土方鉄著、差別裁判」を見ています。その扉に「脅迫状」と被告人が事件当時、家へ書き送った手紙を一頁に上下欄に写真版で対照して居ります。 著者は「どこが筆跡一致なのか」といとも簡単に判決しています。 脅迫状の暢達の文章は前述しましたが筆跡も脅迫文の達者な横書の文字、これだけの筆跡の人がこれだけの文章を書ける人がどうして「刑札」とか「車出」とかの宛字を書くのだろうかと不思議に堪えません。わざと稚拙をよそおっているという人達に私は無条件賛成しますし、この著者同様筆跡も一見似ても似つかぬものと判断します。家への手紙は何回読んでも私には意味が通じません。良寛の墨跡と同様全文平仮名で石川一夫だけが漢字です。 鑑定については相弁護人中の担当者から詳論される筈でありますから私はここで端折りますが、筆跡鑑定の専門家中に似ていると言う人があるのに驚く外ありません。それよりも驚がくに堪えないことは、原審裁判所がこれを被告人の筆跡と認めていることです。おそらく専門家の鑑定や被告人の自白からそうした認定となったと考えますが、虚心にこれを対比して裁判官各位が観察されたのでしょうか。また、鑑定の説明を結論だけでなく説明書を充分読まれたのでしょうか。 私は、法律専門家でない差別裁判の著者の直裁簡明な方法・写真で対照・とその判決に冷水三斗の思いがしました。自分をも含めてともすれば知らず知らずの間に物の見方を第二次的な形式的な面に走り、専門家がこう言うからとか、言った点に支配され自らの眼をくもらせ、自らの判断力を失っているのではないかと反省させられるのであります。 この対照からだけでも原審は被告の無罪の判断ができなかったか。(以下略) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.03.16 18:41:41
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