|
カテゴリ:夢とや
ー で、朝までいたんですかえ。
髪飾りで艶やかに装った女が聞く。 ー ばかをいえ。 男は、女がついだ酒を飲み干して言う。 ー あれはこどもだ。勃つか。 ー おやかわいそう、その妓、女将に絞られたろうネエ。 ー 知るか。 ー おや冷たい。 ー 当たり前だ。 男は酒を干す。女が注ぐ。男はその女の手を掴む。 ー 人を斬って、何も感じない俺は冷たくないってのか。 ー ああ痛い、離しておくんなさいよお、 ー やっとうの相手じゃアないんですからね。 ー ふん。 ー なんだお前だって。 男は女の襟元を力任せに拡げる。 ー 綺麗なべべの下は、ただの女だ。 女は諸肌脱ぎにされたまま、毅然として男をみる。 ー ただかどうかは、ご存知でござんしょう。 ー ふん。 男は女を突き放す。 女は乱れた着物をなおす。 ー 俺には見える、 彼奴がどうでる、何処に潜んで誰と繋ぐか、 此奴がああする、其処へ行って何を説くか、 ただそれを他の奴に教えねばならん、 そいつらに判るように、筋道たてて、 解いて細かくなぜどうなのか、 ああ時間が惜しい、どうして皆俺の言う通りにしない、 最後なんて見えてるじゃないか、 こうこうこうすれば、こうなるだろうに。 どうして皆俺の言う事がわからねえんだ。 女は傍にあった丸い琴を手にする。 しゃら…しゃらん…。 女の白い細い指が、 長く伸びた竿にたゆとう。 ー ふん。 男は女を見る。 ー お前だってそうだろう。 ー え、身請けはいつだ。 ー おや、ご存知でしたかえ。 ー ふん。こういうことは知れるもんだ。 ー 良かったじゃねえか。 ー へえ。 女は楽器を爪弾きつづける。 冷たく整った顔は、笑うでなく、哀しむでなく。 馴染みになっても、大して言葉を交わすでなく。 激情のあふれるようなことはなく、ただ淡々と。 ー 最初からお前は俺をみてなかったな。 ー 上客はもっともてなすもんだぜ。 ー おや。もてなされすぎてうんざりだ、と ー お顔に描いてありましたえ。 ー ふん。 ー 最初の無礼講でこの店の妓楼みんな揚げたなかで、 ー 俺にすり寄ってきやがらなかったのは ー お前だけだからな。 丸い琴の音だけが、座敷に響く。 唄をつけない弦の音は、か細く、頼りない。 これが、別れか。 いいえ。また逢えましょう。 今度は、地獄で。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.05.10 02:29:22
|