ひなたぼっこねこ

しくしくしくしく。

ーお願いでございます。
ーお願いでございます。

また、来たのか。

ーお情けを、頂戴いたしとうございます。

鬱陶しい。払いのけると、花弁のように軽い。

そして、部屋の隅で怨みがましく、泣く。

しくしくしくしく。
しくしくしくしく。

お前が、何を欲しがっているかは知っている。
何が情けだ。子種が欲しいだけだろうが。
子を産み根を張り、俺をここに閉じ込める気だろうが。

冗談じゃねぇ、俺ぁこんなとこで
ちまちましてるような漢じゃねぇんだよ。
ちゃんとそういう段取り組んでだんだ。
それを、お前が、…。


しくしくしくしく。
しくしくしくしく。

「おい、またうなされてんのか」
「…う？…あ、兄貴」
「しょうがねえなぁ、ほれ、水だ」
ごくごくと、若い衆の喉仏が動く。
火の気のない、夜の部屋。

「おめえ、やっぱり郷（さと）に帰（けえ）るか？」
一息ついた痩せた男は、
夜具から飛び出して土下座をする。
「とんでもねえ！お、おいらなんでもしますから…！
兄貴についていく、っておいら決めたんです！だから…」

郷には、屋敷があって、
中庭のそばに若旦那の座敷があって、
座敷の隣に古井戸があって、
その井戸がとうの昔に涸れたはずなのに、
重い石の蓋が持ち上げられて、
夜毎よごとに白い手がでて、
ざんばらに乱れた髪の、

若旦那が芸事を極める、と出奔した日から
家付き箱入り娘の奥様の行方も知れず、
番頭さんの切り盛りでお店は廻ったが、
如何せん人の口に戸は建てられず、
悪い噂はどんどん広まり、
おいらは丁稚奉公先から飛び出したのだけれど。

いちどだけみた、みてしまった、
あの白い手と髪が、おいら忘れられなくて。
夜の闇にはっきりと白く、

以来。
おいらの寝る部屋の隅で、
泣き声がする。

しくしくしくしく。
しくしくしくしく。

やめてくれ。おいらはただの丁稚じゃないか。
泣くなら若旦那のとこへ行ってくれ。

女は泣く。男は逃げる。

兄貴は黙っておいらを連れていってくれる。

郷から遠くへ。夜、女の泣き声のしない処へ。
そんな処が、あるのだろうか。