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2019.04.05
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すみません....
宮沢賢治さんの
大好きな詩のひと説なので載せてみました。





けふのうちに

 

とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ

 

みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ

 

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 

うすあかくいつそう陰惨《いんざん》な雲から

 

みぞれはびちよびちよふつてくる

 

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 

青い蓴菜《じゆんさい》のもやうのついた

 

これらふたつのかけた陶椀《たうわん》に

 

おまへがたべるあめゆきをとらうとして

 

わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに

 

このくらいみぞれのなかに飛びだした

 

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 

蒼鉛《さうえん》いろの暗い雲から

 

みぞれはびちよびちよ沈んでくる

 

ああとし子

 

死ぬといふいまごろになつて

 

わたくしをいつしやうあかるくするために

 

こんなさつぱりした雪のひとわんを

 

おまへはわたくしにたのんだのだ

 

ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

 

わたくしもまつすぐにすすんでいくから

 

   (あめゆじゆとてちてけんじや)

 

はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから

 

おまへはわたくしにたのんだのだ

 

 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの

 

そらからおちた雪のさいごのひとわんを……

 

……ふたきれのみかげせきざいに

 

みぞれはさびしくたまつてゐる

 

わたくしはそのうへにあぶなくたち

 

雪と水とのまつしろな二相系《にさうけい》をたもち

 

すきとほるつめたい雫にみちた

 

このつややかな松のえだから

 

わたくしのやさしいいもうとの

 

さいごのたべものをもらつていかう

 

わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ

 

みなれたちやわんのこの藍のもやうにも

 

もうけふおまへはわかれてしまふ

 

Ora Orade Shitori egumo

 

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

 

あああのとざされた病室の

 

くらいびやうぶやかやのなかに

 

やさしくあをじろく燃えてゐる

 

わたくしのけなげないもうとよ

 

この雪はどこをえらばうにも

 

あんまりどこもまつしろなのだ

 

あんなおそろしいみだれたそらから

 

このうつくしい雪がきたのだ

 

   (うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりで

 

    くるしまなあよにうまれてくる)

 

おまへがたべるこのふたわんのゆきに

 

わたくしはいまこころからいのる

 

どうかこれが天上のアイスクリームになつて

 

おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに

 

わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

 

 

 

 

  さつきのみぞれをとつてきた

 

  あのきれいな松のえだだよ

 

おお おまへはまるでとびつくやうに

 

そのみどりの葉にあつい頬をあてる

 

そんな植物性の青い針のなかに

 

はげしく頬を刺させることは

 

むさぼるやうにさへすることは

 

どんなにわたくしたちをおどろかすことか

 

そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ

 

おまへがあんなにねつに燃され

 

あせやいたみでもだえてゐるとき

 

わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり

 

ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた

 

まるで林のながさ来たよだ

 

鳥のやうに栗鼠《りす》のやうに

 

おまへは林をしたつてゐた

 

どんなにわたくしがうらやましかつたらう

 

ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ

 

ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか

 

わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ

 

泣いてわたくしにさう言つてくれ

 

  おまへの頬の けれども

 

  なんといふけふのうつくしさよ

 

  わたくしは緑のかやのうへにも

 

  この新鮮な松のえだをおかう

 

  いまに雫もおちるだらうし

 

  そら

 

  さはやかな

 

  terpentine《ターペンテイン》の匂もするだらう

 

こんなにみんなにみまもられながら

 

おまへはまだここでくるしまなければならないか

 

ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ

 

また純粋やちひさな徳性のかずをうしなひ

 

わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき

 

おまへはじぶんにさだめられたみちを

 

ひとりさびしく往かうとするか

 

信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが

 

あかるくつめたい精進《しやうじん》のみちからかなしくつかれてゐて

 

毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき

 

おまへはひとりどこへ行かうとするのだ

 

  (おら おかないふうしてらべ)

 

何といふあきらめたやうな悲痛なわらひやうをしながら

 

またわたくしのどんなちひさな表情も

 

けつして見遁さないやうにしながら

 

おまへはけなげに母に訊《き》くのだ

 

  (うんにや ずゐぶん立派だぢやい

 

   けふはほんとに立派だぢやい)

 

ほんたうにさうだ

 

髪だつていつそうくろいし

 

まるでこどもの苹果の頬だ

 

どうかきれいな頬をして

 

あたらしく天にうまれてくれ

 

ほんたうにそんなことはない

 

かへつてここはなつののはらの

 

ちひさな白い花の匂でいつぱいだから

 

ただわたくしはそれをいま言へないのだ

 

   (わたくしは修羅をあるいてゐるのだから)

 

わたくしのかなしさうな眼をしてゐるのは

 

わたくしのふたつのこころをみつめてゐるためだ

 

ああそんなに

 

かなしく眼をそらしてはいけない

 

*あめゆきとつてきてください

 

*あたしはあたしでひとりいきます

 

*またひとにうまれてくるときは

 

 こんなにじぶんのことばかりで

 

 くるしまないやうにうまれてきます

 

*ああいい さつぱりした

 

 まるではやしのなかにきたやうだ

 

*あたしこはいふうをしてるでせう

 

*それでもわるいにほひでせう

 

 






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Last updated  2019.04.05 00:22:33
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