冤罪事件の事後処理~1日12500円でいいのか?(最新事件を受けて)
冤罪と国家賠償に関する記事は、なぜかよそで紹介されることが多くて、私のブログで割と人気の高い記事です。 扱う人がいないからでしょうか?(私もそんなに詳しいとは思わないのだけど…) 刑事補償法で定められている賠償額は1日最大で12500円です。(刑事補償法4条1項) 刑事補償法以外、例えば少年審判における不処分決定や、被疑者段階で不起訴となった場合の補償、これらも刑事補償法の規定と横並びする形で12500円となっています。(被疑者補償規程、少年の保護事件に係る補償に関する法律4条1項など) 先日の脅迫メール冤罪事件で、大学生で保護観察処分とされた元少年に支払われる賠償金が57万円程度であることについて、安すぎるという批判が噴出しているようです。こんな感じで。 しかしながら、私に言わせれば何をいまさら、と言うところです。 私は以前から、刑事補償の金額は安すぎると書いてきました。 もちろん、刑事補償と言っても、いくつもで訴えられているうちのほんの一部だけが無罪であったような場合には、刑事補償の金額が抑えられることには多くの人が異議を挟まないと思われます。 実際、上記の1日12500円はあくまで上限額であり、法令の規定では「1000円から12500円」で決めることになっています。 多数の罪で訴えられて一部のみが無罪であった場合や、捜査を誤らせることを目的に虚偽の自白をした場合(もちろん、身代わり犯のように自分から積極的に語ったような場合で、取調べでしぶしぶ自白したようなケースは入りません)には、裁量でゼロにしても構わないという規定もあるのです。(刑事補償法3条) 1日12500円なら、月収にして38万円前後。 私なら、ずーっと一生これを補償してくれるのなら、まあ悪くないのかな、と考える金額です。 しかし、実際にもらえるのは拘束期間に対応する部分だけになります。 しかも、この12500円は、閉じ込められた苦痛だけではありません。 「死刑囚の死の恐怖」すら、同様に1日12500円とすることになっているのです。 例えば、中小企業の社長さんが逮捕されてしまったとしましょう。 23日間逮捕・勾留、さらには公判請求され、無罪を争ったとします。 保釈だって、否認事件ではなかなか認めてもらえません。弁護人以外とは接見禁止となることもあり得ます。 最後に無罪判決が出て、検察が控訴を諦め、身柄拘束期間180日とすると、賠償額は225万円になります。 しかしながら、社長さんが半年間も何の引継ぎもしないままいなくなるのでは、会社はつぶれてしまいます。 弁護士が入って間の連絡を取り持つことはできますが、社長本人抜きでは限度というものがあります。零細個人事業の場合、社長の個人的な信頼や技術で持っているというようなケースも少なくありません。 その間に、会社が債務不履行責任を問われる恐れも出てきます。社長が個人保証していることも少なくないので、逮捕勾留のせいで刑事補償の何倍もの額をとられる危険はあります。 そうでなくとも、会社の信用は丸つぶれです。 地方新聞に名前が載ってしまい、その意味でも信用がガタガタになってしまうということもあり得ます。結果、倒産と言うこともあり得ます。 私自身も、倒産まではいっていないのですがそのような事件を見ています。 こうしてその会社に雇われていたのに会社がなくなって失業した人たちは、失業保険暮らしか、ハローワークに行列を作っての生活保護暮らしに転落です。 こうした事情を必死に説明しても、否認事件だと簡単に保釈が通らない、というのが実情です。 今回話題になっている学生さんは大学を退学になったのではないか、とまことしやかに噂されているそうですが、仮にそうだとすれば、これまで中学高校大学と積み上げてきたものが全部お釈迦になってしまっているということになります。 それで、1日12500円は本当に割に合う金額でしょうか。 あえて言えば、国民はこのような無実の罪で訴えられる負担も、国側の誰かが違法なことをしたわけではない以上甘受すべきである、という価値判断もあるところかもしれません。 ・・・が、そんな価値判断が支持されているなら、57万円が安すぎる、なんて声は上がってこないはずです。 全額を取ろうと思えば、国家賠償請求をするしかありませんが、捜査や少年審判に違法性があることが必要です。 学生が争ったからといって、それだけでは処分をしてはいけないという理由にはならないのです。 自分は無実だ、と叫ぶ、真実は有罪の少年は普通にいるのです。 元々刑事裁判は無罪推定である以上、「疑わしきを起訴している」のが法制度上も大前提。 結果として無罪になったから、起訴が違法であるなどとは言えない(だからこそ、国賠法と別に刑事補償などと言う制度があるともいえる)のです。 それでも国家賠償を取ろうとすれば、弁護士に依頼しなければなかなか勝てるものではありません。 相当な手間もかかります。 判例の動向を見ても、勝てる保証もありません。絶対勝てないとは言いませんが、敗訴する例は相当多いのです。 警察や検察がコンピューターウイルスに詳しくなかったのが原因だ…と言うような言い分でも、認められてしまえばかなり国家賠償請求は厳しいものとならざるを得ません。 とりあえず取れた57万円のうち、相当程度を弁護士の費用に割いて、それで負けてしまったら、ますます元学生さんには何も残らなくなってしまいます。 もちろん、それでも何とかしてくれ、と言うことで訴えることは自由ですし勝てる可能性もあるかもしれませんが、それ相応の覚悟をして臨まないと刑事補償はわずかだわ、そのわずかな金すら弁護士費用に消えるわ、絵に描いたような最悪の事態ということになってしまうのです。 刑事補償の上限金額を思い切って上げ、ケースによって高くなりすぎる分については裁判所が裁量によって金額を抑える、という運用も必要ではないのかなと改めて思います。