裁判所と検察も司法過疎?(地検川崎支部逃走事件から)
集団強〇(←公序良俗違反で投稿できないので伏字)などの被疑者が、横浜地検川崎支部から逃走した、というニュースが流れました。 現在は身柄が確保されていてひとまずは安心という所ではありますが、当然逃げられたというのは重大な不手際である、という批判は避けられないでしょう。 さて、このような不手際が発生した原因の一つとして考えられるものに今日は触れたいと思います。 一般に、司法過疎と言われる現象は、「弁護士がいない」という現象において指摘されます。 裁判所があるのに、裁判所近辺に弁護士が一人もいない、あるいは一人しかいないという「ゼロワン」。 ゼロワン自体は現在解消されていますが、弁護士の数が相対的に少なく、アクセスに困るということが一つの問題である、という指摘はあるところです。 全市町村に弁護士がいるようにしたい、なんて話も既に出ているところです(これについて賛否ありますが、今日の本題ではないのでひとまず脇に置くことにします)。 ところが、自営業者である弁護士どころか、検察庁や裁判所も人手が足りない、設備が足りない、というのは、実は別段珍しくもなんともないのが実情です。 自営業者である弁護士と違って公務所であるから人手不足や設備不足などとは無縁である、と思われている方がいらっしゃるとすれば残念ながらそれは幻想で、検察庁も裁判所も人数が足りているとは言えないのです。 検察庁は、県庁所在地に存在する地方裁判所に対応する本庁の他に、地方裁判所支部に対応する地検支部、簡易裁判所に対応する区検察庁が存在しています。 埼玉県で考えてみれば、さいたま地方検察庁・同区検察庁 (さいたま地裁・さいたま簡裁対応)さいたま地方検察庁越谷支部・同区検察庁 (さいたま地裁越谷支部・越谷簡裁対応)さいたま地方検察庁川越支部・同区検察庁 (さいたま地裁川越支部・川越簡裁対応)さいたま地方検察庁熊谷支部・同区検察庁 (さいたま地裁熊谷支部・熊谷簡裁対応) さいたま地方検察庁秩父支部・同区検察庁 (さいたま地裁秩父支部・秩父簡裁対応)川口区検察庁 (川口簡裁対応)大宮区検察庁 (大宮簡裁対応)久喜区検察庁 (久喜簡裁対応)飯能区検察庁 (飯能簡裁対応)所沢区検察庁 (所沢簡裁対応)本庄区検察庁 (本庄簡裁対応) といった具合。 ところが、実はこれらの支部の中には、司法試験に合格した検事が常駐しておらず、司法試験ではなく検察官の補助をする事務官から試験を受けてなった、比較的簡易な事件について検察官同様の職務を担当する副検事しかいない、という所は珍しくなく、副検事で対応できない、それなりに重大な事件は本庁に回す、あるいは本庁から出張してきた検事が対応という形で解決しているところが後を絶たないのです。 私のいる県の場合、半分の区検察庁には、検察官が常駐していません。 副検事を貶すつもりは毛頭ありませんが、ある程度重大な事件になると副検事は担当させず、本庁に回すことになるのです。 地理的に見て支部案件なのに、非現住建造物放火という重大事件であったために、本庁で取調べを行い、本庁で裁判をした…なんて言うのは私の体験談でもあります。 裁判所も同様で、支部には本庁から適宜裁判官が出張してくる形を取るところがあり、その場合「この日は裁判所に裁判官がいない」という事態も起こります。週に1回しか裁判官が来ない、ということは珍しくありません。 原則的には、裁判がある日に裁判官がいればいいのですが、財産隠しを阻止するための民事保全のような当日すぐにも判断してほしい事項や、その他裁判官の許可が必要な事項になると、途端に人いないよどうしよう・・・ということになります(自分で少年審判の記録を謄写に言ったら、裁判官がいなくて書記官大慌て、ということは私の体験談にもあります)。 その上、地裁支部があっても 「うちの支部では調停や労働審判は扱っていません。本庁に行ってください」 家裁支部があっても 「うちの支部では少年審判は扱っていません。遠い本庁で審判やってください」 ・・・支部の事件を扱うと、こういう事態はぶっちゃけザラと言ってもいい状態(もちろん、分かってるのでその支部には起こしませんが)です。 比較的大きな支部でさえ、です。 そして、こんな風に検察の人手が足りなければ、検察官が必然的に激務となり、粗雑な事件処理が増えてしまう恐れが出てきます。 粗雑な事件処理というのは、裏付け捜査不十分なままさっさと釈放してしまうということだけではなく、被疑者サイドの言い分を十分に取らないままに、さっさと起訴してしまうということもおこりえます。 真実発見の見地からも、人権保障の見地からも、大きな問題となりかねないのです。 日弁連が刑事の法廷で対立する立場であるはずの検察庁の増員を求めていたりする(こちら参照)のは、検察官が足りないというのはまさしく人権保障上の問題となりえるからです。 裁判所の人手不足も、迅速な紛争解決の阻害という点からは非常に痛い問題となりえます。 全てフルで揃っている本庁や大規模支部が比較的近くにあるならばまだいいですが、本庁まで100km単位の旅をしなければならない、となれば、弁護士だって出張費用出してもらわないとやってられません。 弁護士頼まないで自分でやる、という人たちにとっても非常に痛い負担となります。 1週間に1度しか来ない地裁支部(結構ある)を考えると・・・ 裁判所 「では、この日に本人尋問します。この期日は?」 原告代理人「すいませんその日は別の期日が…」 裁判所 「その次の週は?」 原告本人 「その日は仕事で外せない用事があり私は出られません」 裁判所 「その次の週は…あ、裁判所の方でダメでした。その次の週は?」 被告代理人「裁判員裁判で2週間塞がってます」 ・・・なんてことを繰り返して2カ月以上の時間が空費されることさえ普通です。 で、当日原告本人が体を壊してしまって尋問できず、また…なーんてことだって当然ありえます。 さっさと紛争を終わらせたい当事者にとっては、なんじゃこりゃ、いい加減にしてくれと言いたい状況でしょう。 でも、こういうことも普通に起こってしまうのが、裁判所や検察庁の司法過疎なのです。 そして、今日の話題に引き戻すと、逃走事件では、弁護人と検察庁で面会していたら、その際に被疑者を連れてきた職員の隙を衝いて逃げられた、ということです。 検察庁での面会も、完全な形ではないにせよ認めなさい、ということで、最高裁判例は既にでています。 ところが、検察庁の多くには、そんな接見専用の部屋がない(地検支部に絞ると、接見室があるのは1割、本庁に絞っても5か所ばかりは接見室がないとのこと)のが実情です。地検の川崎支部ということですから、地方の地検より大きくても驚かないのですが、それでも接見室はなかったそうです。 接見用の部屋がないために、弁護士との接見を認めることができない、あるいは弁護士と接見をするにせよ、逃がさないために立会人をつけなければいけない。更には逃がさないために十分な人手を検察庁側で割くことができない。 今回の件とて、万一職員が振りほどかれてしまったとしても、表に出るドアがしっかり閉じられる、警察署や拘置所でやるような押送体制が整っていれば、そこで逃亡はあえなく終了するはずだったのです。 そんな訳で、今回の件については、弁護士サイドからも検察側に同情的というか、根本的な原因は検察庁の司法過疎・予算不足ではないのかという声が寄せられる状態になっています。(こちら参照) いくら弁護士だって、人手不足に乗じて検察庁から逃走させていい、なんてことは考えません(そんな手引きをさせようものなら即座に懲戒、しかも重処分確実)ですからね。 今後の逃走を防止するにあたって、検察・裁判所の司法過疎という視点をお持ちいただければと思います。