コロについての最後の話です。

　　前にも書きましたが、コロはよくわたしの自転車の後をついて、
　　学校までやってきました。
　　まあ一つの日課みたいなものです。

　　学校まで来て、松林の中を走り回り、そしていつの間にかいなく
　　なります。我家に戻っていることもあれば、どこかに出掛けてい
　　て夜中に戻ってきたり、或いはそのまましばらく来なくなること
　　もありました。

　　自転車の後も、ただ闇雲に着いて来るのではなく、道路を横断す
　　るときは、ちゃんと左右を見て安全を確認して渡ります。
　　そして人を見分ける力があるのでしょうか、犬嫌いの人には、決
　　して近づこうとはしませんでした。

　　目が澄んでいて、まっすぐ正面を見据えているときの顔は、凛と
　　した気高さがあって、惚れ惚れするくらいです。
　　どんなときにも、落ち着いていて、物事に動じるような事は無く、
　　まるで仙人のような、悟りを開いたようなところがありました。

　　ところがそのコロが、わたしの自転車の後に着いて来れなくなっ
　　てしまったのです。
　　それでも最初は、学校までの三分の二くらいまでは来れたでしょ
　　うか、しかし日を追うごとにその距離がだんだん短くなっていき
　　ます。

　　確かにもう成犬ですが、だからと言って、老犬という事は無いと
　　思います。明らかにどこか具合が悪いようです。どうやらジステ
　　ンパーのようです。

　　学校まで着いてくる距離も日増しに短くなり、我が家の庭先で丸
　　くうずくまっているときが多くなりました。
　　それでもわたしが学校から帰ってくると、わたしのそばまで挨拶
　　しに来ます。手をちょっと舐めて、そしてまたもとの場所に戻り、
　　うずくまります。

　　野良犬のようにして飼われていた犬なので、当然ジステンパーな
　　どの予防注射は受けていないのでしょう。痰がからんだような空
　　咳をすることが多くなりました。
　　傍目から見ても、だいぶ弱っているのが分かります。

　　心配でしたが、コロを動物病院に連れて行くようなお金は、当然
　　我が家にはありません。ご飯の残りを上げて体力がつくように願
　　いました。時には贅沢にも、親の目を盗んで生卵をあげたりもし
　　ました。

　　父も心配していて、夜中にコロの頭を撫でていました。
　　しかし翌日になると、コロはいなくなっていました。

　　またいつもの放浪癖だろうと思ったのですが、やはり心配です。
　　一週間位しても、一向に戻ってきません。

　　それで心配になって、コロの本当の飼い主である工務店に出掛け
　　てみました。工務店と言っても、昼間人が詰めているだけで、そ
　　こに住んでいるわけではありません。ここで、家を建築するため
　　の木材を加工したりしています。

　　昼間いない可能性があるので、夕方に行ってみました。
　　誰もいなかったのですが、しばらくすると工務店の社長が戻って
　　きました。

　　実は、わたしはこの社長が嫌いです。
　　父がろうあ者というだけで、新卒の高校生の給料の三分の一しか
　　くれず、昼の休憩時間も、みんなが帰った後にも色々と雑用をさ
　　せていました。

　　父が首になったときに、文句を言ったのが最後です。
　　その社長に聞くと、

　　あ～、ありゃぁ～、駄目だ。病気だ。
　　追い出したよ。
　　もうとっくに死んだろう。

　　そうやって、わたしに吐き捨てるように言うと、プレハブの中に
　　入っていきました。その後コロを見かける事は、ありませんでし
　　た。きっと最後の力を振り絞って、本当の飼い主のところに挨拶
　　に行ったのでしょう。我が家を出て行ったのは、父が頭を撫でた
　　ので、義理を果たしたと思ったのでしょうか。

　　こうして、野良犬のコロはどこかに消えていき、そしてわたしは
　　また、大人の理不尽さに触れたのでした。



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