もう一度、あのときのことを考えて、記憶を探りました。
　　やはり年月のなせる業でしょうか、いまはさほど怒りを覚えるよ
　　うな事はありません。

　　この場合の怒りというのは、当時わたしが持ったものです。

　　隣の家に火をつける。
　　包丁で突き殺す。
　　棒で殴り殺す。
　　ありとあらゆる殺す方法を考えたのです。



　　前回の隣の犬に噛まれてしまったときのように、今回もマキを玄
　　関の中に入れ、セーターを掛けてあげます。
　　そして温めた牛乳を、スプーンで飲ませてあげます。

　　でもちょっと舐めるだけで、飲む事はありません。
　　体をさすってあげます。
　　目がとろとろしていて、半分閉じたような感じです。

　　見ている分には、赤ちゃんが眠くて眠くて仕方がないと言うよう
　　な感じです。
　　それでもわたしがその場をちょっと離れようとすると、その目を
　　一生懸命開けてわたしを見ます。

　　気持ち悪いのでしょうか。
　　前回のときは、傷口を消毒したり、即席の包帯で手当てをしてあ
　　げました。でも今回はしてあげることがありません。

　　声を掛けてあげるくらいです。

　　「マキ大丈夫か？」

　　「気持ち悪いのか？」

　　「すぐ良くなるよ、明日の朝になれば治っているよ」

　　でも、わたしの中に生まれた不安が、どんどん大きくなっていき
　　ます。玄関に座って、ずっとマキを撫でてあげました。

　　たまにマキが一生懸命になって、わたしの手を、その小さなかわ
　　いらしいピンクの舌で舐めてくれます。
　　でもその舐め方も、とても弱々しく、いつもと比べると、やっと
　　のようです。

　　長いような、苦しいような、淋しいような時間が、少しずつ過ぎ
　　ていきます。わたしはやっぱり、相変わらず何もしてあげること
　　が無く、ただじっとマキを見続けているしかありません。

　　マキが突然咳き込みます。

　　「バグゥフ、ガフッ」

　　まるで老人が咳き込んだような咳でした。
　　そして、だんだんわたしの呼びかけにも、体をさすってあげても
　　反応しなくなり、あさい息が続いています。

　　すでに玄関に座り続けて、６時間は優に経ったでしょうか。
　　もうすでに真夜中です。父と母が心配して見に来てくれます。
　　そして遅いからもう寝ることになりました。
　　明日も学校です。

　　疲れてはいましたが、心を押しつぶされそうな不安の中、なかな
　　か寝付けず、うつらうつらしていました。
　　でもいつの間にか寝てしまったようで、気がついたらすでに朝に
　　なっていました。

　　すぐにマキを見に行きました。
　　マキは両手両足を目一杯に伸ばし、首も一生懸命前に突き出し、
　　口を少し開け、そこからはかわいらしいピンクの舌が見えました。

　　そして、硬くなっていました。
　　わたしが体をさすってあげると、その小さな体は、わたしの手の
　　動きに合わせて、揺れました。

　　まるで木の人形のようになってしまったマキをさすりながら、セ
　　ーターを首まで掛けてあげました。ちょっと苦しそうに開いてい
　　る口を閉じてあげようとしますが、いくらやっても閉じる事はあ
　　りませんでした。

　　こうしてマキとの、突然の別れがやってきました。
　　でもこの時は悲しみで、何をしたらいいのか、どうしたらいいの
　　か分からなかったのです。

　　その後に、わたしの中に暴力への渇望が生まれたのです。
　　それは、マキを埋葬するときでした。




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