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isaの同時代フィールド・ノート

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Sep 20, 2006
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『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』の設定を拙著『マンガ・特撮ヒーローの倫理学』の物語的〈倫理〉の枠組みで見てみると・・・。
 まずは「ウルトラ兄弟」という閉鎖集団での「メビウス」の修行と解脱があり(「この世」的倫理の世界)、次に「ウルトラ兄弟」の擬製された「死」と過去の想起による倫理の反転(「あの世」的倫理への転換)が見られ、こうして「よそ者」である「メビウス」(宇宙からの貴種流離の主人公)は「神」のごとき存在となって「外」からの侵略者を打ち倒す。しかもこの侵略者は「過去」の怨念であり、つまり「メビウス」が行うのは端的に言って「祭祀」に他ならない。
 また物語的〈倫理〉の全体構造をなす「真善美」の「善」(よそ者)が「メビウス」であり、「真」(知る者)の体現者が「ウルトラ兄弟」に当たるならば、本来なら「メビウス」と「ウルトラ兄弟」を「つなぐ者」(美)の登場が要請されるのだが、そこはそこ、子供向け映画なので、ヒロインが「ウルトラ兄弟」と同じく神戸に住んでいるという淡いつながりだけに終わっている。というより、こんな淡いつながりであっても「美」が「つなぐ者」として要請されるという事実に、日本的物語的〈倫理〉構造の強固さを読むべきだろう。
 懐かしい映像もあって、ちょっとホロリと来ました。





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Last updated  Sep 20, 2006 10:21:04 AM
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